魔王と神様
森の上に黒い雲が渦を巻いてる。これ、ゲームで見たことあるやつだ。
あの渦の真ん中に魔王の核になってるトマス君の兄弟がいる設定なんだよね。
私たちは気を引き締めてそこへ向かう。木が捻じれて変な形になってて気持ち悪い。
地面に花はないし、どんよりした雰囲気だし、トマス君の兄弟だってこんな場所じゃ強く意思を保てないよ。
緊張してきた。私、生きて帰れるよね?
途中から馬が先へと進んでくれなくなったので、数名の騎士さんに馬を預けて私たちは徒歩で進む。
やけに静かな森は、進めば進むほど、木の枝についてる葉っぱがなくなっていく。
とうとう一枚も葉っぱがなくなって、木すら生えない場所にたどり着いた。
ぽっかりと空いた半径何百メートルあるのかわかんない場所の真ん中辺りの空中に少年が何をするでもなく浮いていた。
長い前髪で目は隠れているし、いろんな色がぐるぐるどろどろと髪の上で踊っていて混沌としているけど、どう見てもトマス君と同じ造作をしているのがわかる顔。
全員が、息をのみちらりとトマス君を見るのがわかる。そうだよね。
でも、トマス君は何も悪くないよ。
私はぎゅっとトマス君の手を握ってみた。
トマス君はびくっと肩を震わせた。
「助けるんでしょ。魔王を祓って、二人で笑えるようにならなきゃ、だめだよ。」
心の底から、二人が笑いあえるようになって欲しいって私は思ってる。
「いこう。」
まるで主人公みたいに皆に声をかけて、私は剣を抜いた。
魔王はただそこに浮いていて目の前に私たちが来ても無反応。
勇ましく言ったのはいいけどどうしたらいいんだろうって仁王立ちで止まった私、かっこわるい。
「まずは我々が先に仕掛けてあちらの出方を確認します。」
私がまごついてるのに気が付いてくれたらしいエルネストさんがすかさず私の前に出て号令を出し始める。
騎士さんたちが魔王の左右を囲むように駆け出し、走りながら小手調べで魔法を放つ。
魔法は、魔王に届く前にはじけて消えた。
確か、魔王の周りには力の濁流ができていて弱い魔法じゃ消し飛んでしまうのだったか。
あやふやな記憶を手繰り寄せて、エルネストさんの袖を軽く引っ張る。
「中級魔法以上じゃないとだめです。魔王の力が体の周りでぐるぐるしてるから、はじかれちゃう。」
「わかりました。」
すかさずエルネストさんは指示を飛ばす。
続いて騎士の皆さんがさっきより魔王から距離を取りつつバラバラに止まり、魔法を練り、放った。強い魔法は、詠唱とか魔力の調整とかが必要で、どうしても少し時間がかかるのだ。
今度は魔法もはじかれずに魔王に届く。
けど、魔王の手が動いて、ぺいっとはじかれてしまった。なんてこった。蚊でもはらうみたいな動きで魔法がはじかれたよ。
いくつかは消されて、いくつかは跳ね返され、私の足元に火の玉が跳ねた。
「うぎゃっっっ!!」
「何今のつぶれた猫みたいな悲鳴。」
「しょうがないでしょ。びっくりしたんだもん。」
思わず上げた声に、すかさず突っ込みを入れてくるトマス君は意地悪だ。
「大丈夫ですか!?」
それに引き換え、心配して駆け寄ってくれるエルネストさんの優しさ!天地の差だよ。
いや、別に恋愛はいらないけどね?でも、ほら、優しさは欲しいじゃない。
「大丈夫かどうかは全然わかんないです。」
涙目で力いっぱい言う。
「でも、ちゃんと私も一発かまします。家に帰るためにも!」
ぐっと剣を握りしめる。
「祈りを込める時間をください。」
さすがにこんな怖い場所で、すぐ剣に祈りなんてこめられない。
エルネストさんはしっかりとうなづいてくれたから、私は安心して剣を握りなおした。
トマス君にした時は無意識だったけど、今度はちゃんと意図的に祈りを乗せる。距離はちゃんと練習したもん。空中に浮いててもちゃんと殴れるんだからね。
それにしても、どんなに魔法を放っても無反応の魔王は何なんだろう。
このまま空中にいられちゃ全然決戦にならなくない?
私の謎の如意棒的な祈りが無かったら右往左往していたよ。トマス君がつぶらな瞳で私を見てこなかったらどうなってたことか。
「いけます!」
「全員退避!」
私の声に応えてエルネストさんが騎士さん達に指示を出す。
私と魔王の直線状には誰もいなくなる。当たり前か。祈り(物理)でぶん殴られることは練習場の事故で証明済みなのだ。防具も何もすり抜けて生き物に届くらしいから、まぁ、当たったら絶対痛いよね。
私はぐっと剣を握って思いっきり振り下ろす。
私の腕には剣一本分の重みしかかかっていないから、祈りで伸びた部分の速度は信じられないほどだろう。思いっきり振り下ろすと、魔王にたどり着く少し前にちょっとだけ抵抗を感じた。けど、関係ないって思って振り下ろす。まずは空中から降ろさないと話にならない。
頭の中にはハエ叩きで叩き落すイメージが出来上がっている。
ぶんっと下まで振り下ろせば、トマス君に似た少年が地面にべちゃっと叩き落されて、地面には見事なハエ叩きの跡が…。うそやん。まじでハエ叩きの形になってたんか。
祈り(物理)がどんどん聖なるものから遠ざかる。
そして、少年の髪の色がずるずると変わっていく。
空気中にいろんな色が混じって黒になったような靄がぐるぐると渦巻はじめ、なぜか、トマス君へ向かって来ようとした。
「うわぁぁっ!?」
「トマス君!」
「聖女様!」
とっさに私は、トマス君と靄の間に立ちはだかった。
頭の中にはゲームの情報が駆け巡る。
ステンドグラスの光。
神様の名前。
祈りのステータスマックス。
伝説の乙女。
ならば、絶対にあるはずなのだ。
「お、乙女の祈り!!」
やり方は知らないけど、そのコマンドがあるはずなんだ。コマンドなんて見えたことないけど!
技名叫べば何とかならんかな!?神様!ヴェーグ ラーテム様!!
次の瞬間、私の視界は真っ黒になった。ただの黒じゃなくて、いろんな色がぐるぐるしている靄の闇だ。
「ぎゃー!なんでよー!!ヴェーグ ラーテムのばかー!!」
乙女の祈りが発動しなかったらしい事にパニックだよ。思わず神様の名前を罵った。
『我を呼んだか。乙女』
「うぇっ!?」
闇の中、ゴボゴボとした音と一緒に声がする。とても神様の声じゃない。
「え…ヴェーグ ラーテム…?」
恐る恐る名前を呼ぶと、『そうだ』と声が返る。
「魔王じゃないの?」
『わが意思は一つではない』
「そうなんだ?」
よくわからん。つか、そんな設定ゲームで聞いた覚えはない。いや、あった。まって。確か、伝説の乙女になると神様エンドがあるんだった。神様と魔王は表裏一体でなんとかかんとか言ってたな。
「君は何がしたいの?」
『我はこの世界を終わらせる。』
「なんで?」
『壊したいという意思が増え、集まったが故に。』
「でも、祈りの力は貴方を払うものだよね?なんで?」
『別の意思はこの世界を守りたいと思っているが故に。』
「つまり、ずっと自分と喧嘩してるの?」
『我はヴェーグ ラーテムであるが、同一存在ではない』
「???」
わからないんだけど。全部がヴェーグ ラーテムって事?それって面倒じゃない?わけわからなくない?
「ごめん。紛らわしいからちゃんとそれぞれの呼称を決めよ?とりあえず、君がヴェーグ。世界を守りたい方をラーテムって呼ぶんで、それでいこう。」
勝手に決めて話を進める事にする。よろしくな!って気持ちを込めてサムズアップとウィンクを飛ばす。
「ヴェーグが世界を壊したくて、ラーテムがこの世界を守ろうとしてるというわけだけど、どっちも同じ名前なのは何で?」
『我らは命の持つ意思の集合体。すべての魂はヴェーグ ラーテムから切り分けて生まれた。故に、最後はヴェーグ ラーテムへ戻る。そこへ元々持ちえぬ濁りが戻る故にヴェーグ ラーテムが肥大化し、分裂し、近き意思が集合する。』
ゲーム脳でよかった。言ってる意味が分かってきましたよ!
そもそもこの世界、100年に1度魔王が復活する設定なんだよね。つまり、神様のところに集まった生き物の感情が同じカテゴリーで集まってそれぞれ自分勝手に動き出すくらい大きくなるのに約100年かかるわけだ。それで、恨みつらみとかが集まったヴェーグが生まれるし、逆に誰かを愛する気持ちを持ってるラーテムが世界に散らばってるから、聖女がそれを集めて二つをぶつからせて散らしてると考えれば自然だろう。
同じ力がぶつかり合って発散されて、元々の神様は不要な感情が霧散して楽になるって感じなんだろうか。
でも、これ何回も繰り返すとか、この世界大変すぎるよ。その度に呼ばれる聖女もたまったもんじゃないよね。
「ヴェーグは、おいしいご飯食べたり、あったかいお布団に入って寝たり、そういうことを知らずに100年もそうやって意思がぐるぐる集まるだけ集まって世界を壊そうって決めたってことだと思うけど、そんなの、もったいなくない?ていうか、神様の事を知らずにこの世界の人ってずっとヴェーグをただ払ってきたの?なんか、やなんだけど…」
「壊す意思を、そちらも明確な意思を持って壊す。何も不思議はない。」
「そうかなぁ?って、あれ。声…」
ゴボゴボとした変な音じゃなくて、ちゃんと人の声みたいな滑らかな音になってきている声に気が付く。
ぐるぐるとした黒の中に、白い肌が浮き上がり始める。
「うぇぇ??」
スチルで見たことのある神様の姿じゃない!?これ
浮かび上がる綺麗な顔が、隠しルートの神様の顔だ。
「不明瞭であった存在が、明確に分かたれた。我は我の意思を持つ。だが、ヴェーグ ラーテムとは別の者となった。」
「うそでしょ…」
体はちゃんと服を着てる。よかった。トマス君の情報がメインなのかな?魔導士さんたちが着てる制服に似てる。
いや、よくない。私の知らない展開になってきた。困るじゃん。死亡フラグがどこにあるかわからないじゃん。
『なぜだ…』
いや、それ私が聞きたい。ってか、誰だ。このいくつもの音叉がなるみたいな声。
『なぜ…』
真後ろから聞こえるんだけど。ホラーなんだけど。
「…我のための名を分けた。」
「ぎゃー!でたー!!」
いきなり白いものがふわっと視界の端に見えれば誰だってビビるよね。ビビるよね。
私はホラーは嫌いなんだ!
思わずヴェーグを盾にする程度にはホラーはダメなんだよ。
「おい。」
文句を言われても怖いものは仕方がない。
「人の守護者たる我を化け物扱いなど、不敬である。」
「え?」
しがみついていたヴェーグの肩からそっと顔を出すと、白い神殿の人みたいな服を着たヴェーグと同じ顔がもう一つ。
「誰?」
「…それより、我にしがみつくのをやめよ。」
「ヴェーグと同じ顔なんだけどー!」
「引っ張るな。」
「ねぇねぇねぇねぇどういう事?」
「だから、何度も引っ張るなと」
「我を差し置いてそちらで仲良くするでない。」
なぜかべりっと、ヴェーグから引きはがされた。
「ぴゃっ」
引きはがされた後、白い人が私にアイアンクローをかけてきた。
「びえええええっ!?」
頭われる頭われる頭われる!
ベチベチと腕を叩いて離してくれと訴える。訴えるけどなかなか離してくれないいいいぃ!いたいいいいいぃ!!
しばらく経ってようやく、解放された。
私は地面に座り込んで頭を押さえている。めちゃくちゃ痛かった。
「たわけが。」
吐き捨てるように言われた。
「悪魔~」
「人の守護者に何を言う。」
「守護者って?」
「我の事だ」
「…」
ヴェーグと違って全然わかんない。
「ヴェーグ、意味わかる?」
「この者は、分かたれた我と同様、最初の魂から分かたれた別の意思だ。」
「なるほど。」
ヴェーグってめっちゃ親切。
「我に聞けばよかろう。」
「だって言ってることわかんないんだもん。」
私は白い方とにらみ合う。
「それよりも。我のための名を二つに分け、破壊の意思に名を与えるとはどういうことだ。魂に還るため、我の為の名を与えたというのに、この様な結果を導き出すとは理解に苦しむ。」
「???」
またわからなくて、ヴェーグを見た。
はぁ、と、ため息をついてからヴェーグがしゃべる。
「初めの魂の名、ヴェーグ ラーテムをお前は我と、そちらの意思に分けた。意志の強いお前が明確な意思を持って我をヴェーグ、そちらの意思をラーテムと呼んだ結果、我とそれは明確な形を得た。」
「うん?それって、私のせいで二人とも体ができたの?」
「本来、我が魂と同じ名を得ることで破壊の意思を払い、魂に還るはずであった。それが…不完全な名では魂に還れぬ。」
私は心底びっくりした。
人の守護者と言いながら、すごい自分勝手じゃない?え、自分だけ魂に還ろうとしてたの?まじかよ。
魔王を散らして恩を売ってただけで、別に全然人の味方じゃなくない?元々同じ存在だった相手を散らして、自分だけは人の味方ぶって名前を付けてもらって元の場所に戻る足掛かりにしようとしたってことだよね。
ないわー。ゲームで出てきた神様、ないわー。スチル通り、めっちゃ綺麗な顔してるけどないわー。
「性格わる…」