表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

黒の森の刺客



 私は今、馬上に居ます。

 何人もの騎士さんと魔導士さん達と一緒に、魔王の居る黒の森へと向かっている。

 ゲームで言う最終局面だ。

 けど、私にはその実感がない。だってこの世界に来て3週間だよ。1日目の怒涛の死亡フラグ回避以降は、ずっと練習場で剣を振っていただけ。聖女ってそういうものだったっけ?

 いやいや、反対に考えるんだ。私。フラグが立たなくてよかったって考えるんだ。

 練習場で引きこもって剣をふるっていた私が顔を会わせていたのは、エルネストさんと、エルネストさんの腹心の騎士の数人、それから、トマス君。これだけ。

 しかも、ずっと戦闘訓練、連携訓練、陣形確認、乗馬訓練の繰り返し。

 好感度を上げようにも上がるようなイベントが起きるはずもない。

 霊長類最強にきっと私は近づいている。


 森の周囲にテントのようなものをたくさん張って、私たちは一時そこで待機となった。

 まずは第1陣の騎士さん達が森の様子を見に入る。私たちが向かう時になるべく魔物がいないように狩りつつ、魔王がどのあたりに居るのか索敵するんだって。

 次の日は第2陣。騎士さん達と魔導士さんの混成部隊が出発していく。

 第1陣の騎士さん達はまだ戻っていないけれど、予定通り進んでるとエルネストさんが言ってた。

 そして3日目、私たちも含めた第3陣が出る。

 情報を集めつつ魔物は狩られ、倒しきれてない分は、騎士を囮にして遠くに引きはがされている予定だ。

 安全に、最短で魔王へ到達し、倒す。

 私に課せられたのはそれだ。

 私たち以外の第3陣の隊は、残った魔物を倒したり、強い魔物がいれば私たちから引きはがすのが仕事なのだそうだ。

 そのため、各隊は距離を置いて私たちの隊をぐるりと守るように編成されている。

 ゲームと全然違う。


 この段になって、本当に今更だけど、心の底からかみしめている。ゲームと違う。全然違う。

 馬に乗って森の中走ることになるなんて思ってなかった。

 っていうか、全然身体能力あげなかった時とか、主人公どうしてたの?みんなおこじゃね?って心の底から思うんだけど。それもヒロイン補正でどうにかなるもんなんだろうか。

 私はステータスマックスなんで余裕でしたけども。

 揺れる馬上ではさすがに誰も下手に会話はしない。ずっと無言だ。無言が続くから私の思考も続く。

 ただ、思考を続けてるとなんでどんどん不安に落ちてくんだろう。ってか、なんか今一気にどん底に落ちたんだけどなにこれ。怖さがつのっていくのを止められない。

 怖い。


「聖女様?」


 怖くて怖くて仕方がない。

 そんなどん底に陥る私に、いつの間にやらトマス君が私の横に馬を近づけてくれて、並走しながら声をかけてくれた。


「お腹でも下した?ひどい顔してるんだけど。」


 うん。心配してくれてても口が悪い。

 殴りたくなった。


「もっと言い様があったよね?いや、それはいいんだけど、すごく怖くなってきて」


 口にしてみたら不安が解消されるかもしれないと思ったけど、逆に何かの予言でも降ってきたみたいに自分の気持ちがすとんと型にはまってきた。


「何かある…気がする。」

「そりゃあ、魔王に向かっているんだし。」

「違うってば。その前。絶対何かある。」


 馬を走らせながら、その先に行くのがどんどん怖くなっていくのがわかる。とても怖い。何かある。

 もしかしたら、何かのイベントだっただろうか。

 思い出せ。思い出すんだ自分。たのむ。

 と、走る先に茨が見える。

 あぁ、そうだ。茨。裏切り。刺客。暗殺。目まぐるしく情報の断片が脳内をめぐる。知ってる。知ってるぞ。という気持ちだ。


「エルネストさん!止まってください!!」


 私は噴出した感覚を頼りに、私たちの隊をまとめているエルネストさんに制止をかけ、同時に自分の馬の手綱を引いた。

 ぐっと手綱を引かれた馬は、いななきとともに動きを修正し、ブルルッと鳴きながらその場で足踏みをする。騎士さん達も同様で、私の急な言葉に驚きながらも馬の脚を止めてくれた。


「何かいます。」


 何かというか、暗殺者なんですけどね。

 森の中、魔王に近づくこの時に、また一つ死亡フラグがあることを私は思い出したのだ。

 それは、『私』はまだ会った事のない攻略対象キャラ。年上で、身分を隠してて、ぼさぼさの頭の胡散臭い人。名前は確かドミニクだったか。

 『私』が会った事のない相手だとしても関係ない事は、トマスくんの証言で分かっているのだ。

 ちょっと忘れてたけど。

 同じ見た目の赤の他人の『聖女』様なんて先人がいたら、そりゃあ、王子様も序盤から出てくるし謎の言葉は掛けられるし、魔導士長様に毒殺カップ出されるわけですよ。

 すでに別の『聖女』様が何らかのフラグを立てて、親密度を上げちゃってるんだもん。

 私は知らないけど、あっちは知ってるとか最悪だよね。しらんがな。って言いたくなる。

 そんなわけで、この嫌な予感の原因と思われる死亡フラグさんは、前の『聖女』様の縁で引っ張られてきたんだと思うんだよね。

 前の人は一体どれだけ死亡フラグを回収してきたのよって盛大に文句を言いたい。

 さて、そういうわけで、今いる場所は魔王と対峙する直前の黒い茨の増えてくるマップの辺り。魔王へ向かっている途中に突然私は殺されるのだ。もちろん殺されてはたまらないから全力回避だよ。

 殺される理由は、いくつかのフラグ回収と、祈りのステータスの上げすぎと、エルネストさんと行動を共にしている事。この辺りのはず。


 ドミニクという人は、町の中にいる情報屋という位置づけで、ヒロインが出会うのは平民の気のいいお兄さんで、本当の顔は騎士団を敵視している神殿長の諜報員だ。

 ゲームパッケージメンバー的には端の方にいるのに、だいぶ設定盛られてるよね!

 聖女としての力を十分につけているのに神殿長を選ばないことである意味逆恨みされるヒロインがかわいそうだと思うよ!私は!

 殺されるのが自分になって初めて心の底からそう思う。


 そんなわけで、私は死亡フラグを全部ぶったたくべく、剣をすらりと鞘から抜いて、さっきから寒気のする方へと祈り(物理)を乗せて力いっぱい上から下へと振り下ろした。

 ブンッ

 空を切る音がだいぶ先まで響き、バキッ ドサッという音が少し先から聞こえてきた。

 一緒についてきてくれていた人たちは目を丸くしつつもちゃんと音のした方を警戒しながら、騎士さん2人が即座に


「我々が見てまいります!」


 と、馬を走らせて行った。

 さすが鍛え抜かれた騎士だ。

 私のすぐ横にいるトマス君はぽかんとした顔で固まっている。私だって、もし連れが突然そんな行動に出たら同じようにぽかんとする自信がある。だって私たち騎士じゃないし。

 そしてさほど待たずに騎士さん達がくすんだ緑色のぼさぼさ頭の男性を引きずるようにして戻ってきたのだった。

 さすが剣に乗せた祈り(物理)。剣の軌道の先数メートルまで生き物だけを狙って殴打を届かせるなんて、普通はできないって言われたけどできるので問題ない。これが聖女の力(物理)だよ!

 魔法(物理)と違って相手を切り裂く心配はないし、届く距離もちゃんと少しは制御できるように訓練したし、トマス君は特に私を褒めてくれていいと思うの。

 君の兄弟は私が助けるからね。


 こんな感じで、私は最後の死亡フラグを回収した。

 ごめんねドミニクさん。一言も話す暇もなくぶったたいたりして。

 心の中で私が謝罪を述べている間に、騎士の皆さんとエルネストさんが、ドミニクさんの装備を改めてる。


「一般人は入れない様にしているのに、何者でしょう。」

「先行している者に気づかれずに潜んでいるとは、ただ者ではないのは確かですよね。」

「エルネスト様、この弓…毒が」

「他の武器にも毒が仕込まれています。」


 飛び交う言葉にぞっとした。

 そりゃあ、森の中でヒロインが突然こと切れるわけだよ。毒矢で殺されてたのか。

 確かこのイベントスチルは、突然ヒロインが倒れ地に伏し、瞳孔の開いた瞳が痛々しいもので、ヒロインの死体の向こうに茨を背にしたドミニクさんがひっそりと立っているのだ。

 突然のTHE ENDで私はビビった記憶がある。

 祈りも幸運もマックスの今の私は、おそらく直観力で死亡フラグの気配を感じたのだろう。気持ちが落ちたわけじゃなかったらしい。本当に、ヒロイン力皆無のヒロインだな。私

 おかげでぐっと生きて帰れる可能性が上がったよね。

 この調子で直観を信じて死亡フラグを滅していこうと思う。


「…具合が悪いどころか、予知とか…おかしくない?」


 さっきは心配してくれていたトマス君がなぜかめちゃくちゃドン引きした顔をしていて、解せぬ。って気持ちになった。


「そんなに引かなくてもいいのに」


 えー…って思ったけど、そういえばトマス君って神殿系パラメーター高いと私の事殺してくるんじゃなかったっけ。

 私は新しい死亡フラグの可能性に心底困り果てた。


「幸運値高いくらいで殺そうとするのはやめて欲しい。」

「いや、そんなことしないし。」


 心の底からのつぶやきに、トマス君は間髪入れずに突っ込んでくれた。

 良かった。死亡フラグは無いらしい。

 ほっと胸をなでおろして私たちは再度魔王へ向かって出発したのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 祈り(物理)というパワーワード(笑) 「これが聖女の力(物理)だよ!」 にも大笑いしました。 物語は加速してますね! 明日が待ち遠しいです。 楽しみにしております!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ