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プロローグ

 

(いち)君は大げさな人だ」

 単調な声に乗せて、額の辺りに、しめっぽい風が吹き付けてきた。すりすりと、そこを撫で回すように全身へと滑り落ちるそれは、生霊の嫌がらせみたいな。

 あんまり嬉しくない言葉だなと思った。

 気がつくと、俺の意識は、夢の中から帰還していた。


 見渡せば、視界一面に広大な闇があった。

 どこをどう見ても黒一色。不純物一つ無い、綺麗な黒が俺のまわりを染め上げている。

 ここは何処だろう、おぼろげな意識の中で、俺の口から零れ出た言葉は無意識のあぶくの様な、些細な疑問だ。心象風景、日の昇らない深夜か、寝具の中か。多分後者だろう。

 俺は立ち上がろうとした。手を床について、もう片手で右斜め上の窓を一杯に開ける。順序はそう。起きたらば、普段通りに着替えて朝飯を食って、外に出て……頭でイメージして若干億劫でまだ寝ていたくなる。まあいつもの事だ。特に今日は特別、急いで身支度を整えなければならないような用事もあった覚えがない。

 しかしその一連の流れ作業を始めるにはそれ相応の気力が必要になる。

 今俺は窓を開けるどころか、身を起こすことすらできなかった。俺の身体は思うように動かないどころか、そう、まるで何かに抑えつけられているかのように。

「…………?」

 暫し戸惑う。が冷静に記憶を漁ってみれば、俺の疑問は瞬く間に解決した。

 圧迫感。頭の後ろ辺り。何かが何かを押し付けている。

 俺の前にあるのは枕。そこに目一杯、顔――目を押し付けている。

 いや、られている。

「うふふふふふ」

 耳にタコができるほど聞いたその女の声は、妹の渡瀬嶋木(わたせしまき)のサディスティック全開の時の微笑である。微笑ましさは微塵もないけれど、声だけは幼稚園児が背伸びしたみたいな、なんて言ったら怒るだろうが、まいい。

 内心毒吐いてスッキリした俺は、徐に息を吸い込むと、一気に声を振り絞った。

「ゴキブリでたあ!」

 無論起こす為の方便だけど、質の悪い演技みたいな声がしかし直前、臆病風に吹かれて弱々しい小声に。無論こんなんで起きるはずもない。反応はかえってこない。妹の両足は俺の後頭部を捉えて離さず壁にミリミリと押し付けているし、その妹の本体は笑いながら、夢でもみているのか、起きる気配も足を退ける気配もない。

 じゃあしゃあねえと俺は性別の差を駆使して変な体勢から足をどけて立ち上がることに。

「いったい!」

 ちょっと強引にやったせいか、反動で妹がごろりとベッドから投げ出された。

「わりい」 

と言いつつ両者ともに、ちょっとめんどくさそうに目を細めている。

「あー、おはよう」

「おう、おはよう」

 ガタンゴトンと小気味いい列車内の走行音に、車窓から差す太陽光。

 窓の隙間から入る夏の湿気ばんだ温風。

 虫の音色。

 野鳥の挨拶。

 風を切る音と、隣近所の起床の声。

 朝食は、コンビニの買い置きでカレーパンが二つ。牛乳も二つ。でも昨日の残りの千切ったやつと、飲みかけのコーヒーが鼻孔をくすぐっている。

「ごめん、蹴ってた兄貴?」

「ノープロ」

「それはよかった。あ、おはよう」

「おはよう。二度目だけど」

 俺達の朝が始まる。


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