6. ふたりきりの密会①
☆ ☆ ☆
「じゃあ今日は乗っていかなくていいの?」
「すみません。せっかく待っててくれたのに」
先輩と待ち合わせの連絡を終えた辺りですみれさんに事情を説明した。
「気にしない気にしない!」最初は明るく振る舞ってくれていたすみれさんだったけれど、なんだか徐々に意味深な微笑を浮かべ始める……。
「こんな時間から2人で会うとかさ! 実はちょっといい感じなんじゃないの~?」
「……別に? 早く返してもらおうって思っただけ」
「とかなんとか言ってさ~!『このあと俺ん家こいよ』とか~~!」
「ないって。すみれさん……ひょっとしてそういう展開期待してたの?」
「なにその冷めた目? ね、ね、どうする? 命令な。とか言われてキス迫られたりしたらーー」
「命令だったらするんじゃない?」
「マジ……?」
「お疲れさまでしたー」
マネージャー高月すみれ、28歳。
私が所属しているプロダクションの中でもかなり若い方のマネージャーだけど、実はこう見えて凄腕だったりする。私の前についていた女優さんもその前の俳優さんも、皆すみれさんの売り込みで大成したようなものだから。
かくいう私もその中の1人。すみれさんは本当によく相談にも乗ってくれるし尽くしてくれる。
キスに乙女心を抱くすみれさんを残し先に現場を出た私は、先輩に指定された学校にほど近い駅へと向かった。
「すみれさん、ほんとに乙女だな」
ーー…ーー
★ ★ ★
「おー隼人、お疲れ。バイト帰り?」
「功太じゃん。あれ、お前も今帰り?」
「おぅ。ゲーセンの、だけどな。一緒に帰ろうぜ」
自宅付近の駅、その改札口を出たところで偶然にも学校の友だちである横峯功太と出くわした。
眼鏡女子から連絡があってちょうど20分くらい。そろそろ着く頃かも知れないし、ヘタをすると鉢合う可能性も……と、別に焦る必要もないのになぜか焦り、すぐに断りを入れる。
「悪い、ちょっと人待っててさ」
「え、誰?」
「あー……バイト先の知り合い」
誰ってなんだよ。一瞬とまどったわ。
あたり前だけど、正直にYUIを待ってるなんて言っても功太がそれを信じるはずないし、本名を口にしてもそれこそ誰?状態。
鉢合わせする可能性がないんなら友だちでもよかったけど、今は限りなく危険。女子の友達ってコイツに言ったら、顔見たさにほぼ間違いなく来るまで待つと思う。これ、悲しいかな童貞の性。……俺もだけど。
「悪い、また今度な」
だったら、ここは知り合いで通すのが一番。
違和感はない。功太も特に言及せず、じゃあな!と、立ち去ろうとする。
「お待たせです」
「YU……井川奈央!」
背を向けていた改札口から、肩書き『バイト先の知り合い』が最悪のタイミングで現れた。その声は俺と功太を仲良く振り向かせる。
「隼人……女の子じゃん! お前いつの間に彼女作ったんだよ」
「い、いや、別に彼女じゃ……。バイト先のーー」
「はい嘘ー! ねぇきみさ、隼人の彼女でしょ?」
功太うざ。
これだから非リア充は。……俺もだけど。
「……(どうすんの!)」
バイト先の知り合いは、分厚いビン底眼鏡ごとこちらに顔を向けて俺の腕を肘でコツく。
いいさ。迷うことはない、言ってやれ。
俺たちはバイト先の先輩と後輩っていう関係ーー
「あー……先輩の彼女です」
おい。
「なんだよマジでさ~! お前ふざけんなよ~!」
「わ、悪い功太! 俺ら行くわ」
バイト先の知り合い……じゃなくて、新たな肩書きである『彼女』の肩に手を添えて、慌てて"こっちこっち"と合図した。
あいつ、まだなんか言っとる。
だけど敢えて振り返ることなく、俺は彼女と共にそそくさとその場をあとにした。
どうすんだよ、これ……。