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4.大人気女優を奴隷にした日

★ ★ ★


 1年2組、井川奈央ーー


 昨日、偶然手に入れた生徒手帳からその名前は頭にインプットされてはいるが、残念なことに1年の知り合いが1人もいない。


 短い休み時間を使って無駄に広い校内をウロウロ徘徊するより、ここは長い昼休みを利用して探した方が無難か?と、授業そっちのけで自問自答する。



「……昼休みだな」


 そう結論付けてからは、これまで集中できなかった授業もそれなりに集中することができた。




ーー…ーー




< キーンコーンカーンコーン >



「はい、400円ね」


 あれだけ探そうと決め込んでいた昼休み。

 気がつけば、売店のレジにて温かい肉まんを受け取りながらのお会計中。


 え? 井川奈央探し?

 いいんだよ、飯食ったら探すから。

 よく言うだろ? 腹が減ってはーーーー……

 知らんけど。



 さて、目的地は売店を出て廊下を突き進みその先を右。ここに故障中で使われていない自動販売機があって、その横にこれまた誰にも使われていない丸テーブルが設置してある。


 飯はここで食うに限る。

 数少ない学校の友達も昼休みはここに集まるし。



「あれ?」


 思わず声が漏れたのは、売店を出てすぐのところ。

 突き当たりまで進む予定だった廊下に出ると、お目当ての井川奈央こと昨日ぶつかった"眼鏡女子"が偶然にもこちらに向かって歩いてくる。


 うーん、探す手間は省けたけど……。

 飯食ってからでよくね?


「いた!」


「……え?」


 俺と顔が合った眼鏡女子は、なぜか人差し指を立てて指差喚呼。


 なんだ?その探してましたみたいな感じ?

 そもそも探してたのは俺だし、そのセリフも俺のじゃね?


 眼鏡女子は、そんな心の声を蹴飛ばしてくる勢いでぐんぐんとこちらに直進してくる。あっという間に距離を詰められた。


「……ちょっときて」

「は?」


 なんだよ、その真剣な表情。


「いいから! こっちきてってば!」

「え、どこ行くんだよ?」


 こちらの質問なんてお構いなしに、制服の袖を掴んでぐいぐいと校内を進む。


 廊下を突き進み、その先を右……ではなく左へ。

 こちらの目的地なんて知るよしもない眼鏡女子は、まるで散歩なんてする気のない飼い主のように俺を引っ張っていく。リードの代わりに袖を掴んだまま。


 さようなら、温かい肉まん……。




「ここだったら大丈夫でしょ」


 辺りを見渡しながら独り言のように呟くと、渡り廊下付近、あまり人っ気のない階段の隅で眼鏡女子の足が止まる。

 

「昨日のことなんだけどさーー」

「あ……」

「え、何?」


 眼鏡女子の第一声でふと察した。


 それで俺を探してたってことか、と。

 確認したかったわけだ。俺が昨日のことを周りに言いふらしていないかどうか。なるほど、そういうことか。心外だ。


「別に誰にも言ってないから」


「本当に!?」


「うん」


 他に聞くことがないのだろう、眼鏡女子はあっさりと俺の返答を信じて、次の言葉を探すように口をつむった。ちょろ。

 

 よし。じゃ、ないんだったら次は俺の番。

 実際、俺だって目の前の眼鏡女子があの『YUI』だなんてさ。未だに半信半疑なんだから、生徒手帳はあとで渡すとして、それくらい聞く権利はあるだろう。


「きみさ、本当にあのYUIなの?」


「ん、……ほら」


 ビン底眼鏡、顔のおよそ半分を占める大きなマスクをゆっくりと外す。続いて一つ結びにされていた髪をほどき、手ぐしで二度ほど通した。

 昨日の不意とは違い、徐々に眼鏡女子から人気女優YUIへと変貌する目の前の光景に固まる中、照れくさいのか、少し頬を赤く染めてこちらを見つめる井川奈央。


 昨日はじっくり見れなかったが、これは……。

 

 つけまゴミ箱行きレベルの長いまつ毛に、綺麗な二重瞼のぱっちりとした目。

 まっすぐに伸びた高い鼻梁が顔全体のバランスを整え、マシュマロよりもマシュマロなぷるぷるの唇が、少しのエロさを乗せて俺の理性を削り取る。


 体は小柄ながら出るとこはしっかり出ている胸の膨らみと、一見すると華奢と評されてもおかしくないほどのスリムな体型。ヘアスタイルはミディアムかセミロングか、くくっていた髪をほどいたナチュラルなウェーブが、より一層の可愛いさを引き立てている。


 まさに美少女。これぞ美少女。

 そして正真正銘、大人気売れっ娘女優YUI……!


 特にファンでもないけれど、クラス中はおろか、老若男女問わずに皆が可愛いと口を揃えるのも納得がいく、そんな顔立ちだ。


「わ、わかったよ! もういいから、早く眼鏡かけろって」


 これが精一杯。

 ただでさえドキドキするのに、人気女優と二人きりっていうこのシチュエーションがヤバい。


「信じた?」


 文句なし!と、俺は高速で首を縦に振る。キツツキのように。


 大人気女優YUIはこちらのリアクションを見て納得したと判断したのだろう。全く似合わないビン底眼鏡を装着して、大きなマスクで顔を隠した。


 おかえり、眼鏡女子と俺の理性。


「もう一回言うけど、絶対誰にも言わないでよ!」

「だから別に誰にも言わないって!」

「あ、」


 眼鏡女子は唐突に俺の首もとを指す。


「そのバッチ、もしかしてーー」

「ああ……俺、2年だけど」

「先輩だったの? すみません……」


 別に今さら敬語にならなくてもいいのに、と思うと同時に、ここで少し魔が差した。そういえば友達とか妹とかもYUIのファンだったな、と。


 よし決めた。連絡先聞こう。


「あのさ、誰にも言わない代わりにーー」

「わかりました」

「え? まだなんも……」

「いえ、わかってますから。黙っててくれるんなら私、彼女にでも何にでもなります」


 は?

 なに言ってんの。


「でも一つだけ条件があります。まず登下校は一緒にできません。それから休みの日はほとんど仕事だから会うことも無理です。あと、平日も学校以外は仕事なんで連絡も取れませんし、校内で喋ってると変な噂立っちゃうから話しかけないでほしいんです。それでもいいですか?」


 どこが一つやねん。


 というかなんだ、その意味不明な条件は。

 連絡先を聞こうとしただけなのに、いきなり『彼女にでも何にでもなる』とか言い出すし、間髪入れず、彼氏どころか赤の他人強制みたいな条件言ってくるし。


 可愛い顔して言ってることが全然可愛くない。

 なんか腹立ってきたわ。


「今さ、彼女にでも何にでもなるって言った?」


「はい。先輩がお願いしたことを守ってくれるんなら」


「じゃ奴隷で」


「ど……奴隷!?」


 少し困らせてやる、そんなつもりで言葉を繋げた。


「さっきの条件、そっちの一方的な彼氏の条件だろ? けど奴隷だったらそっちに拒否権ないから。まさかとは思うけど、自分から何にでもなりますとか言っといて、今更それは出来ませんなんてないよな?」


「う……!」


 よしよし、困っとる。

 こういう"頭良さげに見えて、実はお前天然だろ系"女子にはちょうどいいスパイスだ。


「…………」


 そろそろ冗談だと言っておくか?

 やりすぎは可哀想だし、まあ少しは効いたっぽいしな。


 ん、なんでまた眼鏡外すの?

 まさか可愛さで誤魔化せるとでも思ってる?

 悪いけど今なら眼鏡外されても全然余裕だから。


「わかりました……!」


 

 ん……?


 えっ……


 えええぇぇ!?


「な、なにが、わかった、って……?」


 ああくそっ、駄目だ。上手く喋れない。


 おい、誰が外していいって言ったんだ。

 今すぐそのビン底眼鏡かけろ。

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