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33.交錯する気遣い

★ ★ ★


 目の当たりにしたYUIの姿、その声に対するみんなの反応は、宛ら、脳を振動するかのような発狂そのものだった。


「ゆ、YUIじゃん……!! ううう嘘でしょ!?」

「あれ、本物……だよねっ!?」


「なにこれドッキリか!?」

「バカ、違うって! 番組の撮影に決まってるだろ!」


「YUI~~~~!!!!!!」


 興奮して叫ぶヤツ、自己紹介してるのにドッキリだと狼狽するヤツ、これは番組の撮影だとカメラを探すヤツ。色んな声が折り重なって騒然とする。

 

 しかし意外にも、それはわずか数分足らずで鳴り止むことになったーー



 "オホン……ッ!"



 きっかけは、あいつの咳払い。


 たった1度の掠れた吐息のようなそれが、静寂とは程遠い体育館の空気を一掃するように払拭させた。



「入学から今日まで、私がYUIだということを黙っていたのには理由があります。少しだけお話させて下さい」


 

 タイミングよくみんなにそう語りかける。

 頷く者はいない。首を振る者も……。全員がYUIの問いかけに沈黙で答えるかのよう、キョトンとした顔で壇上の井川奈央に視線を送った。



「私がデビューした中学生の頃の話ですーー」




ーー…ーー




 5分くらい経っただろうか。


 デビュー当初ーー知名度が上昇するにつれて比例した華やかな学校生活の話を皮切りに、井川奈央はテンポよく自分語りを進めていく。


 地元を離れて進学した理由、入学当初から自分隠しを行っていた経緯など、簡易的に纏めて淡々と。その口調に緊張は見られない。


「ってことは……!! マジかよ!?」

「それって入学当時からいたってことだよな!?」


 周囲はここでようやく井川奈央=YUIであることを認識し始めたようだ。

 あちらこちらでYUIが話す内容にいちいち1テンポ遅れてリアクションが入る。

 ま、それだけ興奮してたってことなんだろうけど。


 ところであいつ……なんかやけに言葉を選んで喋ってる気がする。俺が中学の話を聞いたときよりもかなりオブラートに包んでるような……?


 ああ、別に熱心になってあいつの話を聞いているわけじゃない。中学の話ならもう知ってるし、今更みんなと一緒になって聞こうとは思わない。


 どちらかと言えば今の心境は複雑だ。


 俺が話を聞いたときは、今みたいにあんな穏やかな感じじゃなかった。自分の過去を話すあいつは、もっと辛そうな顔で喋ってた気がする。

 周りの興味が膨張するほど仕事以外の自分がYUIに侵食されるーーって。


 そりゃ辛かったんだと思う。でなきゃ高校でわざわざ自分隠しする必要なんてなかったし、そもそも引っ越す必要すらなかったはずだろうから。


 なのに今、あいつは自分から全校生徒に向かって過去を語る。

 あれほど嫌がっていた中学時代の背景を、ひた隠しにしていた自分の正体を、言葉を選びながら赤裸々に暴露している。


 これが複雑じゃなくてなんだ。



""先輩には、私と同じ思いしてほしくないんです……"


"自分の正体、みんなにバラしてでもか?"


"はい……"

 


 脳内テープが無意識に昨晩の会話を再生する。


 やっぱ意味がわからん。

 嫌がってたじゃん。辛い思いも散々したんだろ?

 だから引っ越しして、俺に知られたときも口止めの条件を自分から提示したんじゃなかったのかよ。

 なんで今更……ていうか俺に同じ思いさせたくないってなんだよ。別にさせればいいじゃん。それでこれからも正体を隠せるんならさ。

 

 確かに今朝方から全体朝礼が始まるまで、これでもかってくらい人に囲まれて質問を受けた。

 カースト上位であるリア充グループの男女からは散々ディスられもしたけど、でもそんなの、一時的なもんだから。それくらい我慢できるし。



"1度くらい注目を浴びたいんだって!"


"芸能人のお前に、一般人の俺の気持ちがわかんのかよ!"



 だから無理やり止めようとしたんだ。言いたくもない言葉を並べて、陰キャのくせに格好までつけて。伝わってない時点でダサいけど……。でもお前がYUIだって知られれば、一時的なもんじゃ済まないってわかってたから。


 あー……なんかまた腹立ってきたわ。

 なんだろう、この形容しがたい疎外感。



「ーーそれが画像に映ってた三谷先輩でした」

 


 ……えっ?


 不意に自分の名前が聞こえてきて、それまでどこを彷徨っていたのかわからない焦点が無意識に壇上に合う。


(な、なんだ?)


 そしてここで初めて気づいたが、周りもチラ見するように首だけを動かして俺を覗き込んでいた。


 ……あいつ、何か言ったのか?


「三谷先輩とは放課後、階段でぶつかったことがきっかけで知り合いました。バレちゃったんです、私がYUIだって……」


 独り言ばっかで聞いてなかったが、どうやらいつの間にか話は俺と知り合ったところまで進んでいるようだ。


 まさかあいつ……このままくるみのときみたいに奴隷がどうとかいうつもりじゃないだろうな?


 俺の心配を余所に井川奈央は続ける。


「けれど先輩は誰にも言いふらすことなく、それどころか私の正体がバレないように今までいっぱい協力してくれました。本当に……感謝してます。だから、私だけが正体を隠したまま、そのせいで先輩がみんなにYUIの知り合いだって囲まれるのが嫌だったんです。……先生方にはご迷惑だったかも知れませんが、今日、自分からみんなに打ち明けようとお時間をいただきました」


 YUIの姿で語られる自分に対する思いと本心。

 けれど不思議に優越感はなく、複雑な心境は続いていた。


「先輩のことはそっとしておいて下さい。代わりに私になんでも聞いてもらって大丈夫ですから。できる範囲でお答えします」


 辺りは騒然とする。

 YUIの正体を知ったときとは違う種類のざわめきだ。


 そう、これがみんなに伝えたかったあいつの真意。


 俺との関係なんてなんでもいい。中学の話だって、あわよくばみんなの理解を得れることができればいいーーその程度だったんだろう。


 肝心なのは、自分(YUI)がこの学校にいるーーその事実と、聞きたいことがあるのなら自分に聞いてほしいーーこの要望だけ。


 事実、みんなの視線は俺から井川奈央に移る。こちらの気持ちに関係なく。

 俺は最後まで、複雑な心境とあいつから感じる疎外感を拭え切れずにいた。


「以上です。最後まで聞いてくれてありがとうございました」



 そして全体朝礼が終わった直後ーー

 

 昨晩あいつが言ったように、みんなの注目は知り合いの他人(おれ)ではなく、YUI本人に鮮やかに移行されることとなるーー





 体育館から各学年・クラスごとに移動するとき、数人の先生が堵列しなければ歩けないほどの人集りが井川奈央の元に押し寄せた。


 警備員のように生徒たちを誘導する先生もいたが、騒動の如し混乱にたちまち呑み込まれて揉みくちゃ状態。

 俺も人混みに流されるように体育館から押し出されて、今しがたようやく教室にたどり着いたところだ。


 廊下は授業が始まる前とは思えないほどの騒がしさで賑わっている。たぶん、学年を問わずにみんなが井川奈央のクラスを目指しているからだろう。


 そしてその騒ぎは、1時間置きに訪れる休み時間にも続いた。

 対照的だったのは俺のほうで、あいつがみんなの前で公言してくれたからだろう、今朝の注目が嘘みたいな静けに包まれている。





「じゃあ……! あのとき駅で会ったお前の彼女って……!」


 昼休み、ほとんど誰もいなくなった教室で功太が顔を歪めた。わかっているけど信じられない、そんな顔を近づけてくる。


「ああ、あれがYUIだ。悪い、本当のこと言えなくて」


「別にいいけどさ……。だけどもし知ってたらあの場でサインとか握手とかできたかも知れなかったのになぁ! あーくそ、言えよこの野郎! うう……ぐふ……っ!」


「だから言えなかったんだって。なんで半泣きなんだよ!」


 わざとらしく鼻を啜る功太。

 冗談を強調してくれる功太の演技に少しだけ頬が緩んだ。


「あれ……誰もいなくなった?」


「ん?」


 功太に釣られて教室を見渡す。


 確かに……先ほどまで斑に席を埋めていた連中がいつの間にかいなくなってる。


 ま、たぶん売店だな。あいつらって、タイプに関係なく人混みを好まない習性があるから。


「教室に俺らだけってすごくね? なんか授業サボって駄弁ってる気分になるわ」


「まー……でもこんだけ廊下うるさかったらあんま関係ない気もするけどな」


「そりゃだってYUIだぜ? それも昼休み! 騒がしくなるに決まってる。質問も絶賛受付中だからな、本人公認の!」


 それはわかってる。

 けど……それを差っ引いてもちょっと騒がしすぎないか?


 これじゃまるで、あいつがすぐに近くにいるみたいな賑わいーー



 ガラガラ!



 突然、教室の扉が開いた。

 ものすごいざわつきを引き連れて、扉の前で一人の女子が身構えている。


「先輩!」


 椅子から滑り落ちた功太を横目で見つつ、俺はもう1度その女子に視線を向けた。

 

 YUIーー……井川奈央だ。

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