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32.クールな自己紹介

★ ★ ★


 校長の話が一つも頭に入ってこない。

 俺を取り囲っていた連中も、さすがに先生たちの目がある朝礼中は大人しいものだ。

 だからこそ余計に、あいつの行動が気が気でならなかった。


 昨晩は、恩着せがましいかも知れないけどこっちの気持ちは最後まて届かなかった。喧嘩別れしたのがいい証拠だ。

 あいつ……本当に自分の正体をみんなにバラすつもりなのかな。もしくはただ反発しただけとか?

 そんな考えが一晩中、頭の中を奔走していた。


 あまり考えたくはなかったけど、もし仮に一斉にカミングアウトするとしたら、可能性としては自身のSNSで発信、もしくは事務所を通じてコメント。この辺りだと想像してた。


 なのに……!


(あいつ、なんであんなところに立ってんだよ! もしかして……朝礼でみんなに話すつもりじゃないだろうな!? これ、ドラマじゃねえんだぞ……っていうかドラマでもそんな方法聞いたことねえよ!)


 顔中の皺が眉間に集まる。そう比喩しても大袈裟じゃないくらい、自分でも心底イライラしているのがわかった。


 ただでさえ分厚いビン底眼鏡、この距離からだとますますどこを見ているのかなんてわからないけど、現状、何もできない自分がもどかしくて、腹立たしくて。


 昨日あれだけ反対だって言ったのに、そんな命令は聞きませんって言われたけど、それでもいきなりこんな大胆な行動……普通するか?


 なんか恨みでもあるのか?

 理不尽な命令されて、カッチーン……きて、人気絶頂の女優が一般人の陰キャ男子にざまぁってこと?

 無理あるわ……そんなウケなさそうな内容。くるみがなんかネット小説でざまぁが流行ってる言ってたけど、さすがにこれはない。


 だらだらと心で愚痴か文句かわからない独り言が垂れ流れた。自分でも無意識に。止まる気配はない。


 そのときだったーー


「それでは1年2組井川さん、宜しくお願いします」


 校長が井川奈央を名指しに壇上のマイク席に手招いた。秒でフラグ回収と言わんばかりに心の愚痴が止まる。


 ゆっくりと歩を進める眼鏡女子。正直、何も聞きたくない。もう一層このまま踵を返したいくらいだ。


「1年2組、井川奈央です。今日は皆さんに大切なお知らせとお願いがあり、ここに立たせてもらっています」


 眼鏡女子がマイク越しに喋り始めた瞬間、それまで散らばっていたみんなの視線が一斉に壇上へと注がれた。


「誰、あの娘?」

「ちょっ……待って! 今の声……!」


「嘘っ!? ねえ、今の聞いた!?」

「ふぇ? なにが~?」


 たったの一言で、そんな響動めきがあちらこちらで産声をあげる。まだ気づいていない奴が大半だろうけど、たぶん、今の一瞬でYUIだと気づいた奴もいる……。


 そんな体育館の方々から上がる疑問符を聞き流すかのように、壇上の眼鏡女子は、まるで動揺なんてしてませんとでもアピールするかの如し、清清しく淡々と言葉を紡ぐ。


「まずは先日からネットで広がっている女優YUIと学生の画像の件についてお話します。あの画像に映っている学生ですが、書き込みの通り、この学校の2年生ーー三谷先輩に間違いありません」


 は……はい?


 いきなり……そこ……?

 なに、本当に恨んでるの……?


 1人、顔面蒼白状態の俺だけを残して、気づいていない奴のほうが大半だと思った予想を裏づけるかのように、みんなの視線は一斉に俺に向かって集中した。

 

 ガヤガヤなんてレベルは一瞬で過ぎ去り、みんなの声が折り重なって、朝礼に相応しくないほどの大きな雑音となって体育館にこだまする。


「しーー! 静ーーかーーーーしーーてーー下さーーー!」


 咄嗟にマイクで促す近藤先生の声も虚しく、この騒々しい雑音に瞬殺された。収束は誰が見ても困難。あいつは一体何がしたいのか、俺もだんだんわからなくなってきた……。



「そしてーー画像に映るYUIですがーーーー」



 この騒音の中、か弱い声がマイクを通してスピーカーから鳴る。案の定、掻き消されてるけど……。

 近藤先生の声すらほとんど掻き消されてたのに、あいつの小さい声なんか届くはずもない。

 壇上から1度も目を逸らしていない俺ですら、何か喋ってる?程度しかわからないのに。

 


「ーーここにーーいます」


 

 更に言えば、もうほとんど誰も壇上から話す眼鏡女子のことすら見ていない。

 何か策があったにせよ、これは完全に失敗だ……そう思った。


 しかし、ほとんど見ていないということは、裏を返せば少数は見ているということ。俺がそこに気づかされたのは、次に取った眼鏡女子の行動だった。



「あ……あ……っ!」


 誰かがはち切れんばかりの声をあげる。


「キャ~~ッ!! う、ううう嘘でしょ!?」


 連鎖するように、壇上のほうへ指を指しながら腰を抜かす者も現れた。


 眼鏡女子は、収束のつかないみんなの前でサラッと髪止めをほどいた。手ぐしで2度3度、ナチュラルウェーブの掛かったセミロングの髪をほぐす。

 続いてマスクを片耳ずつ、焦れったくもゆっくりと外した。まだ最終の砦が目元を隠しているけど、やっぱり顔全体が見えると普段の眼鏡女子とは全然印象が変わって見える。


 そして最後に、一番の陰キャアイテム、最終の砦であるビン底眼鏡がマイクの隅にそっと置かれた……。


「改めまして。皆さん、こんにちは」


 やはり人気女優だ……。

 動揺なんて微塵もない。

 普通だったら緊張やら恥ずかしさやらで頬の一つくらい染めたっておかしくないはずなのに。


 マイクの音ですら掻き消した騒音は、いつの間にか綺麗さっぱり消え去っていた。


 壇上の眼鏡女子ーーいや、もうこの愛称ともおさらばだな……眼鏡女子、改めて素顔を曝け出した井川奈央……その素顔に、全校生徒、更には先生たちまでもが漏れなく釘付け状態。


 全員の視線が一点に集まる中、井川奈央は落ち着いたトーンで続きを口にする。


「1年2組、井川奈央ーーYUIというもう1つの名前で女優をしています」


 一瞬の間が空く。

 嵐の前のなんちゃらか……知らんけど。



「うおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」


「マジでぇぇぇ~~~~!!??」



 今までの雑音?騒音?

 まるで赤ん坊の寝息ほどに感じる。


 全校生徒が一体となったその大声量は、文字通り体育館を揺らした。

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