30.それぞれの決意②
☆ ☆ ☆
「静かにしなさい!」
ガヤガヤと此処彼処に響き渡る体育館内は、私たちの学年主任、生徒指導の先生でもある近藤先生の注意をきっかけに、徐々に静寂に包まれていった。
しかし……
「あの娘、確か2組の人じゃない?」
「え~……そうだっけ? あんな娘いたかなぁ?」
「誰だよあれ。新入生か?」
「まさか。朝礼で新入生の紹介とかやんねえだろ」
「なんかの表彰じゃね? 記事書いて新聞に載ったとかさ」
「知らね。どーでもいいわ」
近藤先生の注意喚起も虚しく、完全な沈黙には至らず。
隣同士で顔を見合わせたり近づけたり、口元を手で隠しながら、体育館の壇上、その脇に佇む1人の生徒を指さし、みんなひそひそと空気が漏れるような会話を続けている。
体育館の壇上に佇む1人の生徒ーー
それはつまり、私のこと。
たぶん興味なんてない。限りなく滑稽に映っているだけだと思う。そう勝手に割り切って、みんなからの視線はひとまず無視。私は他人事のように前だけを向いた。
「皆さん、おはようございますーー」
校長先生は敢えてそこには触れず、いつも通りの挨拶から朝礼をスタートさせる。
私は、黙ってその時が来るのをジッと待った。
ーー…ーー
早朝ーー
「失礼します」
まだ他の生徒たちがほとんど登校していない時間帯を狙って、私は職員室へ、学年主任の近藤先生を尋ねていた。
「お、おお……! い、井川か、おはよう!
どどどうした? 今日は……は、早いじゃないか!」
急に尋ねていったのが不意だったのだろうか、近藤先生の目はたちまち泳いで、およそ生徒に向かって対応してるとは思えないくらいの挙動不審な言動でお出迎えしてくれた。
でも、これには理由があってーー
「近藤先生、少しお話したいことがあるんです。お時間……大丈夫ですか?」
「あ、ああ、わかった……! あっ、ここじゃアレだよな? 相談室のほうがいいか?」
その理由は近藤先生本人も自覚している。
その証拠に、近藤先生は敢えて職員室では尋ねてきた理由は聞かず、他の先生の目から遠ざけるように生徒相談室へと案内してくれた。
「な、なんだって!? 本気か!?」
入室してからすぐに本題を切り出すと、近藤先生は対面のソファーに腰を掛ける間もなく、両手両足を蟹股に開いて慌ただしさを表現した。
「はい」
「うむ……! ちょ、ちょっと! ちょっとだけ待ってくれるか!?」
一瞬考え込むような仕草を見せたかと思いきや、何度も大きなジェスチャーで静止を促し席を立つ。
ぽつんと取り残される私。
たぶん担任の菅谷先生と教頭先生、それに校長先生を呼びに行ったんだろう。ただの予想だけど、それしか思いつかない。
なんでそう言い切れるかというと、実は、先輩以外に私の芸能活動を知っている人間……つまり井川奈央=YUIであることを知る人間が全部でこの学校には4人いる。
それが先ほど挙げた校長先生と教頭先生、挙動不審だった近藤先生と担任の菅谷先生だ。
この4名を指して、所属事務所やすみれさんたちは『学校側』と呼んでいる。
進学の際、私は両親とすみれさんとで学校を訪れていた。招かれた相談室で話したのは、引っ越しの真意や中学時代の環境など。
簡単に言えばーー
穏やかな学校生活を送りたい。
芸能活動や女優の事実を隠したい。
そのために学校側にも協力してほしい。
そんな身勝手な要望を伝えにやってきたというわけだ。
当初は、そんな個人的な話は……と、否定的な学校側の見解だったけれど、話を重ねていく内に、活動内容や知名度的にもそれなりの影響力があると徐々に理解を示してくれた。
そして入学式の2週間前、ついに学校側は私の希望を聞き入れてくれることに同意。
そのときの電話で、入学以降の協力体制を確立するためにと、話合いの場にいた校長・教頭以外に、担任と学年主任になる先生にも『井川奈央=YUI』の事実を伝える旨が説明された。
近藤先生が挙動不審だったのはこのため。
私のファンーーとまではいかなくても、以前からドラマなどでYUIのことを応援していてくれたらしい。
学校側からの協力を得られたとき、すごい舞い上がったのを覚えてる。「よかったね! これで静かな学校生活が送れるじゃん!」と、すみれさんとハイタッチしたのも。
事実、これが理由となって、仕事で不定期に学校を休んだり遅刻したりしても、いちいち原因を探られたり家に連絡されたりすることはなかった。
私は穏やかな学校生活を手にしたーー
平穏な日常、中学時代の自分が一番望んだものだったから、入学してからの3ヶ月間は精神的にも本当に楽だったし、仕事にも勉強にもしっかり打ち込めた。
できれば、これからもそうしていたい。
その想いは今でも変わらないーー
「だったらなぜです? どうして自ら打ち明けると?」
「ご家族や事務所の方、そして何より君が望んだことだろう?」
説明を終えると、近藤先生が連れてきた校長先生と教頭先生が同時に口を開く。
まあ……当然そうなるよね……。
けれど、当時身勝手なお願いを了承してくれた2人を前にしても、私の考えは変わらなかった。
「これ、見ていただけますか?」
例の画像を先生たちの前に突き出して……
「今ネット上で広がってる写真です。いつから出回っているのかはわかりませんが、撮られたのは1週間くらい前……」
「これは?」
「私と、この学校の生徒、2人で食事をしたときのものです」
私は全てを話し始めたーー




