29.それぞれの決意①
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連日の天気がそうだったように、今日の天気も、自分のテンションを投影しているかのような曇り空だ。ま、ただの梅雨時なんだけど。
起き抜けに1回、家を出る前に1回、歩きながら1回、頻繁に携帯を確認する。しかし、あいつからの連絡はない。
ああでも言わないと引き下がらないと思ったからこその手段だったが、結果的に失敗……怒らせただけに終わってしまった。
連絡のない携帯を何度か覗いている内に、失敗だった事実が時間の経過と共にゆっくりと突き刺さる。後味も悪い。
「おーい、隼人~~ッ!」
そんなふうに、昨日のことを頭に浮かべながら俯き加減に歩いていると、俺を呼ぶ声が無意識に地面から視線を上げる。……いつの間にか駅だった。
「お前、あの画像マジか!? アレお前だろ!? 学校とか名前まで特定されてるし!」
(……やっぱりもう知れ渡ってるんだな)
狼狽する功太とは裏腹に、やけに落ち着きながら染々とそう感じた。
黙っているわけにもいかなかったから、ぽつりとつぶやくように返事する。
「ああ、そうだよ……」
学校に向かう途中、あたり前だが、ぴったりと俺の横に張りつく功太から、結構な量の質問が矢のように飛んできた。
功太も然りだが、仲の良い特定の連中は俺のバイト先を知っている。あの画像が自分だと認めた理由は、恭太郎さんに白状した理由と同じで、書き込みの内容に関係なく、こいつらならすぐに俺だってわかると思ったからだ。
「じゃあ、あのときの彼女はどうしたんだよ!? このあいだ、駅前で待ち合わせしてたよな!?」
されるとわかっていた一番厄介な質問が、まもなく校門に差し掛かろうとしたときに飛んできた。
しかし、用意していた答えを口にする前に、ここにきて矢の量が大きく変化する。
「隼人~っ!!」
「ちょ、俺が先だって! お前なんで昨日L◯NE無視すんだよ!」
「ちょっとどいてよ! ねぇ三谷くん! 聞きたいんだけどさ……!」
「おい三谷、あれ、マジでお前なわけ?」
「えっ、この人!? 昨日の画像の……!」
「嘘……っ!? やっぱりこの学校の人だったんだ!」
「校門前で立ち止まらないで下さい~!!」
仲の良いカースト下位連中が、学年すらわからない見知らぬ連中の波に飲み込まれていく。
風紀委員も、いつになく忙しそうに溜まっていく人混みを掻き分けていた。
「な、なんだよこれ! うほっ! 俺ら注目の的じゃん!」
押し寄せる人混みのせいで少しずつ俺との距離が離れていく功太が、なぜか自分事のように嬉しそうに言う。
実際、囲まれているせいで、もはや周りにどれだけの人数がいるのかはわからない。
「ねえ三谷くん! YUIと映ってたの、あれ三谷くんなの!?」
ここに集う全ての人間が思っているであろう疑問を、短くまとめて誰かが声を張った。
やっぱりもう、誤魔化すなんて無理だ。
「ああ、俺だよ」
その一言で周囲は騒然とした。
そして瞬く間に、校門を中心に「あの画像に映っていた男子」の噂が校内を駆け巡ったーー
ーー…ーー
☆ ☆ ☆
『まあ、事務所的には問題はないけど……YUIは本当にそれでいいの?』
「問題がないんだったら大丈夫、私は全然平気だから。朝早くにごめんね、すみれさん」
確認だけを済ませた電話を早々に切って、学校の最寄り駅から改札口を出る。
"人気女優に一般人の俺の気持ちわかんの?"
"俺だって一度くらい注目されたいんだって!"
昨日、先輩に言われた言葉が未だに頭から離れない。でも、それは決して悪い意味じゃなく。
言われた直後はさすがにショックだった。
突き放されたような、無理やり距離を置かれたような感覚……。
でも今なら、あのときの先輩の言った言葉は本心じゃなくて、私を説得するために言った演技だったってわかる。
そもそも注目されたいのなら、最初から私のことなんて構わずに、みんなに正体でもなんでも言いふらせばいいだけの話。
たぶん……いや、絶対。あの先輩のことだから、きっと無理して、自分から嫌われ役を買って、私のことを守ろうとしてくれたんだと思う。
「演技までして1人でカッコつけないでよ。先輩のバカ……」
嬉しいはずなのに素直に喜べない。
そんな自己犠牲、突き放されてまで欲しい優しさなんてないのだから。
早朝のグランドからは運動部の声が響き渡る。
まだ登校する生徒が疎らな校門をくぐり抜け、私はある決意を胸に職員室へと向かった。
ーー…ーー
★ ★ ★
今日は月に一度行われる全体朝礼の日。
うちの学校では先にHRを行い、学年ごとにグランドや体育館など、朝礼を行う場所へと移動する。
HRが始まるまでの時間、いつもなら功太や他の連中と売店で飲み物を買って、ソシャゲや音ゲなど、各々の趣味や成果を駄弁っているのだが、今日ばかりは、今までの学校生活からは想像もつかないほどの人集りに取り囲まれた。
さすが人気女優YUIというか、一緒に食事をしただけでこの話題性。
クラス中はおろか、噂を聞きつけた数多くの生徒が俺の元へなだれ込んでくる。
「まさか三谷くん、YUIと付き合ってるなんてないよね?」
「ははっ! んなわけねえじゃん! こんなのがYUIと付き合えるんなら、俺、ハリウッド女優と付き合えるっしょ!」
「あんたほんとバカでしょ」
「ねえ、2人でご飯食べに行ったってことはさ! 三谷くん、YUIの連絡先とか知ってるんだよね?」
「ほんとにただの知り合い~? ご飯行くとか相当だよね?」
「ほんとそれ。どれくらいの頻度で会ってんの?」
「つうかお前さ、もしかしてYUIの学校とかも知ってんじゃね?」
「うっそ!? マジで~!? どこどこ!?」
周りに集まるみんなを押し退けて、我先にと陰キャを取り囲むほとんど喋ったこともないカースト上位のリア充グループ。
「なぁ三谷! 聞いてるか?」
あいつに大丈夫だと啖呵を切ったはいいけど、想像してた以上に鬱陶しい。
もちろん、一時的なものだということは理解しているが、ただの知り合いってだけでこの騒ぎよう。こいつら、本人がこの学校にいると知ったらどうなるんだ?
「だから知らないんだって」
引っきりなしに飛び交う質問に、口を閉ざすか、しらを切るかの二択で逃げ惑った。
学校はどこかーー
連絡を教えろーー
今度プライベートで会わせてくれーー
こんなの、答えようもないし承諾できるはずもない。
するとリア充グループは、「こんなやつがYUIの知り合いとかちょーウケるんだけど!」とか、「どーせ注目されたくてついた嘘だろ?」とか、散々俺を馬鹿にしてきたあと、一向に口を割らない陰キャに飽きたのか、適当な話題を求めてどこかへと去って行った。
しかし安堵する暇もなく、俺の元へは次々に人が押し寄せる。
聞き方や物腰は違えど、聞いてくる内容はリア充グループのそれと変わらない。
(あいつの中学時代って、こんなんだったのかな……)
周囲からの質問を雑音に変え、深々とため息を吐いた。
こんなにもチャイムを待ち望んだことはない。
ーーそしてHR終了後の全体朝礼、未だ俺を取り囲む連中に揉みくちゃにされながら体育館へと移動した。
「三谷くんてさ、YUIの家には行ったことあるの?」
「どこで知り合ったの~?」
「隼人、頼むから今度サインもらってくれよ!」
もう各クラスごとに並んでいる状態なのに、まだこんな質問が俺を取り巻いている。
「おい2年生、早く並びなさい!」
壇上脇に設置してあるスタンドマイクで、学年主任の近藤先生が注意を促す。
そりゃそうだろ。
もう始まるって言ってんのにーー……えっ!?
ふと壇上に目線を上げた。
ここの校長は短気で、生徒たちが静かになるのを待つあいだ、体をゆすったり、地団駄を踏んだり。そんな校長のリアクションが面白いと、一度動画を撮られたこともあるほどだ。
俺が目にしたものは、そんな校長の脇に佇む1人の女子生徒、井川奈央の姿だった……。




