28.作戦会議③
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20分前の出来事ーー
俺と眼鏡女子と妹のくるみ、それぞれが学校で聞かれたとき用の、俺たちの新たな肩書きを考えていた。
「ねえねえ、じゃあさ! 幼馴染は? 今流行りの!」
はじめにそう口を開いたのはくるみ。
最初の配分なんてお構いなしに、YUIの取り分だったはずのお菓子をつまんで陽気に提案してきた。
まあ、なんの流行りかはさておき、浅はかな考えにはため息がつきものだ。
「お前、ほんとバカだな……。そんなの無理に決まってるだろ」
「はぁ? なんでよぉ! テキトーに合わせておけばいいだけでしょ~!?」
「あのな……そもそも俺たち出身地が違うだろ。それに功太もそうだけど、学校には小中一緒だったヤツも何人かいるんだぞ?」
「……もぉ!先にそれ言ってよ!」
頬を膨らますくるみ。
ふんッ!と、不機嫌さを滲ませて、ジュースを片手により一層、お菓子を口に運ぶ手が加速する。
「ねえ先輩ーー、お店で聞かれたときはなんて答えたんですか?」
「え? なんてって……普通に知り合いって答えたけど?」
「はぁぁ!? なによ、普通に知り合いって! 意味わかんないんだけど! 行動範囲3キロの陰キャが、どういうふうに生活したら普通に芸能人と知り合いになれるのよバ~カッ!」
ぼろクソだな。
さっき自分の提案を否定されたことがそんなに不服か、ここぞとばかりに集中豪雨レベルで罵ってきた。
でもさすがに行動範囲3キロは言い過ぎだろ。
兄、犬以下じゃん。
「ーー全部喋っちゃったほうがいいのかな……」
眼鏡女子がボソッと独り言のようにつぶやいたのは、くるみがジュースの飲み過ぎか何かでトイレに立ったときだった。
何を言ってるのか、はじめの内は言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
「なんの話だよ? ってか食わねえの? 小腹すいてんだろ?」
なんて言いつつ、まだくるみの食べかけのお菓子をつまむ余裕すらあった。
「もう一層のこと、全部バラしちゃえばこんなに悩む必要なくない?」
「……は?」
突然の発言ーー
動揺と共に、口に運びかけのポテチがひらりと膝に落ちた。
全部バラしちゃえば……って?
そう聞き返す前に、思わず体が反応して眼鏡女子のほうにつんのめる。
「このままじゃ先輩にも迷惑がかかっちゃうし……さ。もういいかなって」
全く理解ができない。それと少し投げやりに聞こえたから、ひとまず冷静に順を追うことにした。
「どこらへんがいいのか全然わかんねえけど、あの画像が拡散してて、俺が学校でYUIとの関係を聞かれるから、今、なんて答えるか帳尻合わせておこうぜってことだったよな? なんだよ、急に全部バラしちゃえばいいって?」
すると眼鏡女子は、それまで抱え込んでいた胸の内を曝け出した。
「……色々考えたんだけどね、たぶん、先輩と私の関係が"知り合い"でも"幼馴染"でも"カップル"でも、学校でみんなに囲まれることは変わらないと思う。また自惚れんなって言われちゃいそうだけど……」
「だから、そんなの少しのあいだだけだって。全部バラすって……お前の正体を、って意味だろ? そんな必要ないから」
「先輩、わかってないです。……アレってね、注目されたり、もて囃されたりすることとは全然違うんだよ? どこ行っても聞かれるし、学校が終わったってプライベートでもーー」
「いやいや、わかってないのそっちだから。そうやって周りから聞かれる中学時代が嫌だったんだろ? だから進学と同時に自分隠し徹底してたんじゃなかったのかよ。それにさ、何も2人で注目の的になる必要なくね?」
「だから! 私がYUIですって答えれば先輩に迷惑かからないって言ってるの! 知り合いで幼馴染で恋人の他人より、本物がここにいるって言ったらみんなこっちに来るでしょ?」
「来るでしょ、じゃねえよ。それが嫌で俺に正体バレたときに『彼女にでも何にでもなる』って言ったんだろ。なんで今、このタイミングで、カミングアウトする必要があるんだよ」
「今!このタイミングだからです! そんなこともわからないの!?」
伝わらない歯痒さと相手を思う気持ちとがぶつかって、徐々にお互いの感情が高ぶっていった。
そこへタイミング悪くもトイレから戻ってきたくるみ。
こんな展開になっているとは露知らず、出て行ったときのテンションのまま、友だちだったらーーゴニョゴニョ、彼氏だったらーーゴニョゴニョ、念仏のように唱えていた。
「え……ちょ、ど、どうしたの……?」
俺たちの雰囲気を察してか、くるみは扉を開けたまま部屋に入ろうとせず、目をぱちぱちさせて言葉を詰まらせた。
なんて説明しようか……こっちがため息で間を繋ごうとした矢先、くるみの戸惑いを先に拾ったのは眼鏡女子。
先ほどまで見せていた柔らかな表情はどこにもない、素のYUIが答えた。
「ごめん、くるみちゃん。ちょっとお兄さんと2人で話したいから」
短いお詫びと要求のわりに説得力のある語勢の強さ。くるみに選択の余地はなかった。
ガチャ……
「ちょっと落ち着いて話そうぜ? どう考えたって自分からバラすことないんだし」
扉が閉まると同時に、高ぶっていた感情を抑えて宥めるように言った。
「……先輩には、私と同じ思いしてほしくないんです」
「自分の正体、みんなにバラしてでもか?」
「はい……」
眼鏡女子は噛みしめるように答えた。
なるほど、やっぱり頑固だわ。
でもそれ以上に……いいヤツだ。
だからこそ余計に歯痒かった。俺のほうこそ自惚れんなって感じだけど、少しでも力になりたい、できれば守ってあげたい、そんなふうに思ってしまった。
「駄目だ。なんのために地元を離れてこっちの学校入ったんだよ。それにさ、俺には同じ思いさせたくないとか言ってるけど、俺とお前は違うんだって。俺みたいなただの陰キャと、かたや今をトキメク大人気女優だぞ? みんなから囲まれるって言っても次元が違う」
「でも、私は……!」
「人気女優にさ、一般人の……ましてや陰キャな俺の気持ちなんてわかんの? きっかけはなんでもいいから、俺だって一度くらい注目されたいんだって」
ごめん……。でも頼む、伝わってくれ。
顔がみるみる内に引き攣っていく眼鏡女子を見ながら心で願った。
「これ乗り切ったらもう大丈夫だし、俺もお前のこと誰にも言わないからさ、今日で奴隷やめていいよ」
「え……」
「その代わり、今回の件で自分のことをみんなにカミングアウトするのはやめろ。俺はみんなに囲まれたい、お前は誰にも正体を知られたくない。利害は一致してるだろ?」
「嘘っ!」
「嘘じゃない。これは命令だ」
"そんな命令だったら私、絶対に聞きませんから!"
作戦会議どころか、俺の作戦すら失敗に終わった……。
あいつが帰ったあと、俺は自分の部屋なのに取り残された感に包まれて、風呂に入りながらうなだれて、寝る間際ですら苛まれた。
そして一つの連絡も取らないまま迎えた翌日ーー




