26.作戦会議①
☆ ☆ ☆
「はぁ……」
揺れる電車の中でため息を一つ。
釈然としないけど、撮られたことはもう悔やんでも仕方ない。
だけど、あのとき眼鏡を外したのは間違いなく自分のミスーー……と、後悔のようなモヤモヤが胸中に霧をかける。
電車はまもなく約束の駅に到着する。なのに、この考え事は一向に到着する気配を見せない。
アイドルには彼氏NGみたいな制約がつく事務所もあるみたいだけど、私はアイドルじゃないし事務所的にもそんな制約はない。だからYUIに彼氏ができたって、別にそんな噂が広がっても私は全然平気……でも、問題なのは先輩ーー
すでに学校が特定されている上、この先、あの画面に映っている男子生徒が先輩だと気づかれない保障なんてどこにもない。
たぶん先輩のことだから「大丈夫だって!」とか言いそうだけど、もし周りに気づかれたら先輩を取り巻く環境が大きく変わってしまう。
中学時代の自分みたいに……。
「よいしょ……」
悩ましい頭を抱えながら、重い足取りで降り立ったホームから改札口を目指した。
「お疲れ。結構早かったんだな」
「せ、先輩……」
俯きながら階段を降りている最中、下から見上げるように声を掛けられた。
「お疲れさまです」
「今日さ、家でいいだろ? こんなところで立ち話してたらまた誰かと会うかも知れないし」
「うん、大丈夫」
断る理由なんかない。
ほとんど立ち止まることなく、頷くと同時にそのまま歩き始める。
ーー…ーー
「思ったんだけどさ、あの画像からお前が井川奈央ってバレることないよな? 私服だったし、映ってた相手と同じ学校ってことにはならないだろ? 映ってた相手って俺だけど……」
人通りの少ない路地に入った途端、先輩は画像の件を口にした。
「そうだけど……でも先輩は制服だったでしょ? 学校も特定されてるし……」
「関係ないって。そもそも俺、一般人だし。バレるも何もないじゃん」
「でも……もし先輩ってことが特定されたら、YUIの知り合いって皆から聞かれたりしない?」
「ははっ、自惚れんなって。聞かれたとしてもどうせ2、3日だろ?」
自惚れーーそうのかな……。そうかも知れない。
ここ1年でそれなりにテレビや雑誌での露出が増えたのは事実だけど、確かに自分の人気なんて正確にはわからない。
でも、どこか先輩から違和感がする。
なんだろ……何か隠してるような変な感じ……。
「YUIさん~!! 来てくれたんですね! ちょー嬉しい~~!」
「バカ! 声でけえよ! まだドア閉めてないだろ!」
「お、お邪魔します……」
いつからそこで待機していたのかはわからないけど、先輩が玄関を開けたと同時に妹のくるみちゃんが勢いよく出迎えてくれた。
先輩、今日来るって言ってたんだ?
「悪い。妹には先に言っといた。たぶんサプライズ訪問なんかしたら近所から通報されるレベルでやかましい」
「え……あ、ああ! ううん、全然!」
声に出してないんだから私が聞いたみたいな説明しないで。
「かんぱーい!」
くるみちゃんは用意周到に飲み物とお菓子をセット。先輩の部屋で揚々と乾杯の音頭を取る。
「くるみ、わかってると思うけど菓子パじゃねえんだからな? 電話で説明しただろ?」
「もぉ、わかってるってば! いいじゃん乾杯くらいさ! はい、これYUIさんの分ね!」
すごい量のお菓子……ポテチだけでも7種類くらい? き◯この山にロールケーキ、プリンパンにビスケットまで……。
わざわざ買って準備してくれたんだ。
「ありがとう、くるみちゃん。ちょうど小腹減ってたんだよね」
「そんなの全然いいですよ~! 良かったらあたしの分も食べてくれていいんで!」
ごめん、さすがにそれはちょっと無理。
それはそうと先輩の分はないの?
手際よく別けてくれてるけど、配分的にどうみても私対妹対兄なんだけど……。
なんかちょっと可哀想ーーなんて思いながら先輩の方をチラッと覗くと、お菓子には目もくれずにずっと携帯とにらめっこしてた。
スクロール。
ジッと画面を見つめてまたスクロール。
……撮られた画像ってそんなにあった?
「……やっぱりか」
そういうと、先輩は粗末に携帯を床に転がした。
「どうしたの?」
「なにいじけてんの、お菓子くらいで! はぁ~しょうがないな~! あたしのヤツ好きなの食べればいいじゃん! その代わり1個だけだからね!」
「いらんわ。……なぁ、これ見てみ」
「はぁ!? 何よ、その態度ッ!!」
くるみちゃんは冷たくあしらわれたのが相当気に食わなかったのだろう、膝元のクッションをバシバシと叩いて先輩に激昂する。
先輩はそんな妹を簡単にスルーして転がした携帯をひょいとパスしてきた。
なにこれ? 画像じゃない。
ネットの……書き込み?
『YUIと映ってる奴さ、うちの学校の三谷に似てね?』
えっ、うそ……
先輩が見せてくれた画面ーー
そこには、確かに先輩の名字が書いてあった。




