25.迫りくる危機③
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『もしもし……』
眼鏡女子と連絡がついたのは午後12時を回ってからのこと。
ちょうど撮影が終了し、今から別のスタジオに移動するところらしい。
なんか雰囲気的に忙しいそうだ。
前置きはすっ飛ばしてさっさと用件を伝えるか。
「俺たち1週間前に2人で飯食っただろ? あれさ、誰かに撮られたみたいで」
『……うん』
ん? なんかやけに落ち着いてるな……?
いや、落ち着いてるというよりかもうすでに驚いたあと……そんな声色とリアクションだ。
『私もさっきすみれさんに聞きましたから……』
「なるほど、それでか。……あのさ、良かったらーー」
『先輩!』
「えっ! な、なんだよ?」
『今晩、会えますか?』
「……!」
割り込みからの突然のお誘い。
やっぱり忙しいんだろう、眼鏡女子も俺を真似てか前置きをすっ飛ばして結論を口にする。
そう、これは結論だ。L◯NEやメールを数回往復させて済むような内容ではないことは向こうもわかってる。俺も最終的に会って話したかったしちょうど良かった。
「前と同じ時間でいい? 俺、今日もバイトなんだ」
『21時くらいですよね? 大丈夫です。この前待ち合わせした…………』
ん? なに?
もしかしてこの前の待ち合わせで功太と鉢合わせしたこと気にしてるとか?
まあ敏感にもなるか……無理もない、あんな画像を撮られたばっかだし。
「同じ駅で大丈夫だって。そう何回も会ったりしないだろ?」
『ですよね……了解です、じゃあまた』
業務連絡みたいな感じで伝達だけを目的とした通話は時間にして3分ほど。ま、あいつも忙しい身だし連絡が取れただけでもラッキーだと思わないとな。
よし、ひとまず今できることはもう何もない。母親もそろそろ出勤した頃だろう。
一旦帰るか。
ーー…ーー
PM16:45ーー
ぽつぽつと駅から店に向かって歩く。
モヤモヤした時間だった。
結局あれから学校に行くこともなく、今晩会うことになっているあいつとの内容ばかり考えていた。
YUIと食事をする彼氏らしき学生画像ーー学校も特定されているから楽観視はできないが、あの画面からはYUIの正体まではバレないんじゃないかとも思った。
一番いいのはこのまま何事もなかったように鎮火してくれることだが……もしものためにある程度2人で話して対策は練っておかないといけない。
あ……もう店か。
「三谷、出勤しました。おはようございます」
ん?
店舗に入ると、なぜか社員たちの視線がチクチクと突き刺さった。
物珍しさに染まったような顔つきと、覗き見ではなく一切隠すつもりもないガン見のような視線が。
挨拶すらしないで俺の顔を見続ける社員もいる。まるで俺が何か悪いことでもしたかのような視線だな……。
「なんなんだよ……」
原因がわかるまでそう嘆いていた。
1時間、2時間、そしてブレイクタイムが過ぎ去るも、未だ猜疑心に似たような社員たちの視線は続く。
判明したのは2回目のブレイクタイムのときだった。普段から仲の良い恭太郎さんが「お疲れ!」もなしにいきなり俺の横にドカッと座って携帯を顔に近づける。
「これ、お前だろ?」
いつになく真剣な眼差しで差し出されたスマホ画面には、今朝も功太に見せられたあのときの写真が……。
「あー……」
なるほど、そういうことかよ……。
功太や学校の連中は自分たちの学校の誰かってところまではこの画像から判断できたと思うが、たぶんそれ止まり。しかし恭太郎さんやここの社員連中からすれば、映っているのは自身が働く店舗なわけで、更に普段から学校帰りに出勤している俺の格好なんていつも見てるわけだから、俺にたどり着いてあたり前だったんだ。
「まあ……はい、そうですね」
ヤバいというか、単に誤魔化し切れない。
観念するかのように潔く白旗を振った。
「やっぱりな! てかお前YUIと付き合ってたのか!? 冗談だろ!?」
「違いますって! そう書いてあるだけでただの知り合いですから!」
「知り合いってどういうことだよ?」
「この前俺に言ってたでしょ? 今日の大物知ってるか?って。あれ、実はYUIだったんです」
「ああ、知ってたよ。正確にはドラマの関係者って情報だったけど、YUIは主演だしたぶん来るかなとは思ってた。で? 店で知り合ったってことか?」
「いえ、知り合ったのはもう少し前ですけど……」
「なんだよ、もったいぶんなって! いいから教えろよ! 誰にも言わないからさ!」
誰にも言わないからーーは、周りにべらべら喋る人の特徴ってどっかのサイトで見たな。
まあ仮に恭太郎さんにはその特徴が当てはまらなかったとしてもさすがにここは何も言えない。あいつとの帳尻合わせが先だ。
「すみません恭太郎さん、もう行ってきます!」
「お、おい!待ってって! まだブレイクタイム残ってるだろ!?」
しつこく迫ってくる恭太郎さんを振り切るためにブレイクタイムを縮め、無理矢理終了インカムを飛ばしてから逃げるようにホールへと飛び出した。
業務終了までなんとか恭太郎さんに会わないように、プラス他の社員にも聞かれないように自らご新規様担当を買って出た。
もともと私語厳禁だが、今日みたいに客足が疎らな日はチーフの目も緩いし、いつどこで画像の話題をされるかわかったもんじゃない。
「ありがとうございました」
そして接客も落ち着き始めると今度は炭場にこもる。普段なら指示があるまで決して入ろうとしないくせに、違和感だろうがなんだろうがお構い無しに一心不乱に七輪を擦り続ける。
「しんどいけどここが一番マシだ。定時まで粘るか……」
俺は汗だくになりながらそう決意した。




