24.迫りくる危機②
★ ★ ★
ジャ~~~~~~
キュッキュッキュッ!
ジャ~~~~~~……
「ねえ隼人ーー」
台所に立つ母親が唐突に俺を呼ぶ。
いや、唐突ってことはない。予想はついていた。またかよ……って。なにしろこの1週間、ほぼ毎朝これだ。そろそろいい加減にしてほしいんだけど。
それでもお構い無しに朝食の食器を洗う音を押し退けて母親は口を開く。
「この間お会いした高月さん、もう連絡したの? 事務所にお伺いする日時が決まったらちゃんと教えてよ? 前もって言っててくれないと仕事休めないんだから」
察するに、未だ高月さんの言葉を信じているのだろう、毎朝俺に事務所へ連絡したの?とか、早くアポとりなさい的な催促をしてくる。
っていうかさ、前もって言っててくれないとってなんだよ。参観じゃあるまいし行く気満々か母親。
アホらし……と、冷めた目線だけを送り返して俺は無言で家を出た。
ほんと、幸せっていうか呑気な人だわ。
こんな何一つ取り柄のない息子が芸能界にスカウトされるわけだろ。
ま、あれから全く母親にフォローしてない自分も悪いんだけど……しかし今更嘘でしたなんて言えるわけないし、どうしたもんかな……。
いっそ高月さんの方から連絡してもらうとか?
あわよくば、この前の話しはなかったことに~!みたいな軽いノリで言ってもらえればそれが一番手っ取り早いんじゃね?
元はと言えばあの人がスカウトがどうとか嘘つくからこんなことになってるわけだし。原因を作ったのは俺らだけど……。
そんな風に独り言か妄想か区別がつかない展開を頭の中で繰り広げなから駅に向かって歩いているとーー
「隼人ーー!」
駅前の大きめの歩道を挟み込むように対抗から声を掛けられた。声の主は、以前もこの場所で眼鏡女子と待ち合わせしているときに鉢合わせた友だちの横峯功太。
毎日学校で顔合わせているはずだが、なんか久しぶりに感じるわ功太。眼鏡女子の一件のせいか、お前が来たらややこしいイメージしかないけど。
「なあ! ネットの書き込み見たかよ!」
「なんだよ朝っぱらから。見てないけど?」
「YUIが彼氏作ったんだってよ! なんか彼氏と食事してる画像が出回ってんだけど、そいつ、うちの学校のヤツらしいわ! 制服バッチリ映ってるし!」
な……
ちょっと待て。落ち着け。
高月さんの話は一旦忘れろ。
今こいつ……なんて言った?
うちの制服着てYUIと食事……?
い、1週間前のあれか……!!
間違いない。そう言えばあいつ一度だけ眼鏡取って拭いてたし……。あのとき誰が撮ったってことか!?
いや、あのテーブルは窓際の個室。角部屋。通路の突き当たりには壁しかないし、化粧室も反対側だから接客担当以外は誰もこない。眼鏡を取ったほんの僅かな時間に個室を覗きでもしない限りまずYUIって気がつかないだろうし、仮に覗かれたとしても写真を撮ろうとすればいくらなんでも俺たちのどっちかが気づくはず……。
「隼人どうした? なに固まってんだよ」
思わずハッとなる。
「ほら、コレ見てみ?」
望んでもいないのに功太はスマホを差し出した。
「マ、マジかよ……!」
「そうなるよな。俺だってショックだわ。YUIが彼氏作るとかさ」
俺の心情を察してくれたつもりなんだろうが……すまん功太、俺のショックは全然そこじゃない。
画像を見る限り、間違いなくあの日食事をしていた自分たちだった。眼鏡を外した斜め方向のYUIと、横顔がギリギリ見えない背面からの角度で撮られた自分。この画像からではYUIと食事をしている相手が誰かまでは確認できないけど、功太が「うちの学校のヤツ」と言い放ったのは誇張でもなんでもないことに気づく。
「な? これうちの制服だろ?」
そう。画像に映っている相手の服装は完全に学校の制服。なんの不運か、俺が立ち上がった瞬間に撮られたもので、特徴的な灰色のズボン、更にカッターシャツの袖についている紋章までもが拡大され、2枚目の画像として貼り付けられている。
そりゃ特定されるわ、こんなん……。
そして気になるアングルだが、意外にも外からだった。しかも結構近い距離。窓際の角部屋、更に個室ーー画像を見てからの結果論だけど、意外も何も確かに外からしか撮りようがない。
誰が撮ったんだ? タチの悪いファンか?
それよりなんでYUIってわかったんだよ。その一瞬以外ずっと眼鏡掛けてたのに……!
「これめっちゃ気になるわ~! 誰だろうな!? たぶん学校中大騒ぎしてるんじゃね?」
功太は楽しそうにゾッとすることを口にする。
ドラマの度に話題となる人気女優YUI、それどころか普段からでも何かと話題は絶えない。……そんなYUIの彼氏。それが自分の学校にいるかも知れない。これは大騒ぎしていない方が不思議なレベルだ。
「行こうぜ?」
悪い……功太。
「そ、そうだ! 俺さ、家に忘れもんしたからちょっと取りに行ってくるわ!」
「は? なんだよ忘れもんって」
キョトンとする功太を適当にはぐらかし、そそくさと駅から、正確には功太から距離を取るために家の方向へと走る。
さすがに個人までは特定されてないと思うけど、これはさすがにヤバい。というか、この事実をあいつは知ってるんだろうか?
昼から出勤の母親がいる家には戻らず、俺は駅から離れてすぐのところで携帯を手に取った。




