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23.迫りくる危機①

☆ ☆ ☆


 放課後、誰もいない静まり返った教室ーー


 私は、来るかどうかも分からない彼をただひたすら待ち続けていた。



 ガラガラーー

 

 無造作に扉がスライドされる音。

 横目でチラッと覗くと、昼休みに呼び出した彼がきょとんとした表情で入ってきたのが見える。


「どうしたんだよ? こんなとこに呼び出したりして」


 彼は扉を閉めながらそう尋ねるが、私は振り向こうとしない。背中を向けたまま視線を床に落として彼がゆっくりと近づいてくるのを静かに待つ。


「YUI?」


 背後まで近づいてきた彼は、私の肩にポンと軽く手を添えた。じれったい間を言葉なく繋ぎ、落としていた視線を彼に向ける。


「な、なんだよ……」


 見つめ合う2人。人一人入れないほどのこの距離感にも私は照れた視線を外さない。相手をジッと見つめたまま、隠すように胸元で抱えていた赤い箱(チョコレート)をそっと差し出して


「よかったらこれ……受け取って下さい」


 自然と赤面し、返事を求めるように一旦視線だけを逸らす。


「あぁ、ありがとう……」


 それ以上何も答えない相手に再び視線を戻し、もどかしさと恥ずかしさをドキドキする鼓動で隠す。


「あの、先輩!」


 3秒間……戻した視線を逸らさないで相手を見つめたあと、私は小刻みに震える下唇を噛みしめた。



「好きです、付き合って下さい」







「カ~~~ット!!」




ーー…ーー




「お疲れさまでした」


 先輩との2人きりの食事会(トラブルデート)から早1週間。今日はチョコレートの新CM撮影のために朝からスタジオ入り。


「いい表情してましたよYUIちゃん! どう?ドラマの1シーンみたいだったでしょ? やっぱりYUIちゃんが出てくれるんならこういうシチュエーションじゃないと!」


 撮影が終了してすぐに制作会社の陽気なスタッフさんが労いの言葉と共に挨拶に来てくれた。

 まあ確かにドラマみたいなシチュエーションだったし、制作会社が希望したドキドキするようなシーンは撮れたと思う。


「最高でしたよ、あの告白シーン! バレンタインみたいで!」



 もうすぐ7月なんですけど……っていう本音は心に留めておこう。






「……7月7日はサマーバレンタインだからじゃない?」


 楽屋に戻った私にすみれさんが補足する。

 簡単に言えば七夕の販促イベントだそうで、歴史的には結構古く、1986年頃から委員会の制定、ここ10年ほどで本格にサマーバレンタインとして認められたらしく、各メーカーや百貨店ごとに様々なイベント企画が行われているという。


 ……全然知らなかった。



「あ、事務所からだ。ちょっと出てくるね」


 話の区切りにタイミングよく鳴り響くすみれさんの携帯。……仕事の話?程度に見送って、衣装の制服を着替えて待つことにした。



 そういえばこの1週間、あれから先輩の妹さん絡みの命令(トラブル)は特に起こらず、奴隷になる前となんら変わらない平穏な日常が続いている。

 食事会の次の日には妹さんからごめんなさいっていうL◯NEが届いたし、約束通り先輩が伝えてくれたんだろう。

 

 そして先輩とは……


 実は一度だけちょっとしたハプニングがあった。

 思い出すだけでも恥ずかしくなるようなハプニングが……。



 その日、私が登校したのは昼休みに入る直前。

 急いで現場から学校に向かおうとしたためか、顔を隠すための大きなマスクをスタジオに忘れたまま登校してしまっていた。


 気がついたのは教室に向かう途中、窓硝子に映った自分を見たとき。……一瞬、写真のように体が固まった。


「うそ……」


 もう焦り過ぎて、今からコンビニに行くとかっていう手段すら思いつかない。ときかく隠れなきゃ!気持ちはその一点だけ。自分でも無意識に、目の前の調理室に逃げ込んでいた。……なんで開いていたのかは謎だけど。


>先輩! お願いしたいことがあって……


 すがる思いで先輩に連絡。いくらビン底眼鏡を掛けているとは言っても、顔全体が見えている状態に少し不安があったから。


<あー!わかったって


 先輩はぶつぶつとL◯NEに文句を綴りながらも、すぐにちゃんとマスクを購入して調理室まで持ってきてくれた。


「ーーほら」


「ありがとうございます! あとでちゃんと返しますから!」


 担任の元へ登校した旨を伝えに行かなくちゃいけなかったから、お礼だけを伝えてすぐに立ち去ろうとする。すると先輩はーー


「いや、お前の掛けたマスク返されてもさ……!」


 私……お金のこと言ったんだけど。

 

 しかし、マスクを袋から取り出す前に行われたその数秒のやり取りが事態を悪化させることになる。



 ガラガラーー



「ここでいいんじゃない?」

「OK~、じゃあ早速撮ろっか!」


 いつの間にか昼休みに入っていたのだろう、数名の女子たちが私たちがいる調理室へと入ってきた。


 私たちは間一髪、難を逃れた。

 今にして思えば、すぐにマスクを装着して先輩とは偶然鉢合わせした体だって取り繕えたはずなのに、なぜか私たちは揃って一番奥の調理台下へと身を潜めることに……。

 

 そこからは恥ずかしさの耐久戦が鐘を鳴した。


 見つかってしまうんじゃないかっていうドキドキと、狭い空間に押し込んだ体と体が密着する恥ずかしさ。声すら上げられない状況下がより一層心音を大きくし、勢いで潜り込んだ整わない体制が微妙にくすぐったかったり恥ずかしかったり……。


 勇気を出してこのときの様子を詳しく説明しーー



「YUI、大変!!」


 勢いよく開けられた扉から血相を変えたすみれさんが乱暴に入ってきた。……危うくあのときのこと回想しそうだった。すみれさんナイス。


「どうしたの?」


「この前の食事会後のYUIと先輩くん! 写真撮られてネット上で拡散されてるって!」

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