2.衝撃を伴う出会い②
☆ ☆ ☆
都内に引っ越して3ヶ月ーー
私の名前は井川奈央。
YUIという、もう一つの名前でドラマや舞台のお仕事をさせてもらっている高校1年生。
芸能界に入ってもうじき3年。
中学2年のデビュー当初は、特に周りの反応は何も変わらなかった。
けれど、次第に上がる知名度に釣られるように、私の中学校生活は少しずつ賑やかなものへと変化していった。
「奈央!」
「ねえ、なっちゃん!」
「井川、テレビ見たぜ!」
ーー悪い気はしなかった。
しかし、そんな華やかで賑やかと呼べる学校生活も、ドラマが始まったことをきっかけに次第に狂い始める。
「なぁYUI!」
「YUI、今度さ~~」
「YUIちゃん! サイン下さい!」
テレビに映る頻度が上がるにつれ、いつしか私の呼び名が本名から『YUI』に変わった頃、気がつけば私の周りは常にYUIを求めてやってくる人たちで溢れかえっていた。
賑やかを通り越し、もはやもてはやされるという言葉では収まりきらないほど、周囲の過剰な反応が私の学校生活を侵食していく。
「YUI~!!」
「YUI、今度遊びにいこうぜ!」
「ねえYUI、あたしの友だちがね~~!」
授業中、休み時間を問わずに、私の学校生活を押し潰していく。
もう私の時間はどこにもなくなっていた。
そんな学校生活を変えたくて、私は両親と相談して高校進学と同時にひっそりと都内へ引っ越した。
"自分の生活は自分で守らなくちゃいけないんだ"
そう自覚してからの私は、入学当日から"自分隠し"を徹底する。
視力も悪くないのに分厚いビン底眼鏡を掛けて、風邪でもないのに毎日マスクをし、芸能活動をしているときはおろしている髪の毛も、学校や私生活では必ずくくるようにした。
大丈夫、絶対バレない。
中学時代とは違い、芸名と本名を知っている友だちはこの学校には一人もいない。
何があっても守ってみせる。
もう、あんな学校生活に戻りたくないーー
< キーンコーンカーンコーン >
いつものように、チャイムと同時に席を立ち、教室をあとにする。
平日のほとんどが、学校と今撮っているドラマの撮影現場を往復する毎日。
青春を楽しんでいる周りの人を見るとたまに羨ましかったりするけれど、それ以上にこの仕事が好きだから全然平気かな。
「今日の共演者の人……何時入りだったっけ?」
ふと気になり、生徒手帳のメモ欄に記入してある簡易スケジュールに目を通す。
そのまま次の階段を降りようとしたときだった。
ドン!
「痛てっ!」
「痛った~……」
誰かとぶつかった衝撃と、よそ見をしていた不意とが重なり、思わず尻もちをついた。
めっちゃ痛い……。
お尻、じんじんする。
「ごめん大丈夫?」
全然大丈夫じゃない。思わず口走りそうになったけど、間近で聞こえたその声に歪んでいた顔を伸ばしてゆっくりと目を開ける。
「え!?」
目が合うや否や短髪の男子の目がものすごい驚きの色に染まった。……あっ!
「っ……!」
咄嗟に顔を背ける。
やばい!
今の衝撃で眼鏡飛んでっちゃった!
おまけにマスクも外れてーー気づかれた!?
「え、えぇ!?」
男子は背を向ける私の方に回り、もう一度よく顔を覗き込む。
完全に見られた……。
「ゆ、ゆ……、YU……!!」
ダメ!!
今ここでその名前を叫ばれちゃったら全てが台無しになる!
眼鏡よりもマスクよりも、全神経の優先順位が男子の口封じに走った。
勢いよく振り返って男子の口を手で覆い隠す。
「しーーっ!!」
お尻が痛くて立てない今、咄嗟の口封じってこれくらいしか思いつかなかった。
心の中で『やめて! 絶対叫ばないで!』って、何度も何度もおまじないのように繰り返す。
「………………」
次第に男子の目から驚きの様子が和らいでいくように見えた。どちらかというと固まってる?みたいな。
あまり話している時間はない。
仕事にも遅れるし、変装をしていない今の状態を他の誰かに見られたら、もう収集がつかなくなる。
私は意を決して男子の目を見つめた。
「誰にも言わないで……!」
それだけを言い放ち、男子の手から眼鏡を回収してマスクを装着、勢いで立ち上がる。
まだ痛みは残っているけれど、今はそれどころじゃない。
立ち尽くす男子の方はもう振り返れない。
マスク越しのせいか、少し息荒く階段を駆け降りて、私はそのまま一直線に下駄箱を目指した。
「最悪……!」