19.トラブルデート③
★ ★ ★
注文を承ったチーフは俺の存在に気づくことなくすぐにその場をあとにした。
「危ねぇ……!」
上着だけだが、スタッフの姿のままVIP席に潜り込んだことも忘れて思わず本音がこぼれ落ちる。
……いや、実際にかなり危なかった。
いくら高月さんが胸を押し当てて見えにくくしてくれたとは言え、たぶんこの賑やかさとチーフが仕事中じゃなければ普通にバレてたと思う。
高月さんの気転のお陰で辛うじて難を逃れることができたけど、あいつが帰ってしまった以上、もはやチーフにバレるのは時間の問題だ。
VIP席にいつまでもスタッフが居座るのも違和感でしかないし、対策を練るためにもひとまず高月さんを連れて3番テーブルへと戻ることにした。
ーー…ーー
「あの人が加賀美……」
席に戻ってから連れ出された経緯を聞くと、話しの中で加賀美という名の俳優が先ほどすれ違ったあの男であることを知った。
どうやらかなりの有名人らしい。
そういえば眼鏡女子も放課後の帰り道で加賀美さんがどうとか口にしてたな。……あいつのことだったんだ。どうりで見たことある顔だと思ったわ。
「あの2人昼間も撮影の合間にお茶してたからね。もしかしたら加賀美さん、YUIに気があるかも」
「でもあいつはそんな気ないんでしょ?」
「どうだろう? 優しいしあのルックスだからね。なくはないんじゃない?」
そうなの?
じゃあさっきの困った表情はなんだったんだ?
「それよりもこの状況、どうするんですか? さっきも説明した通り、こっちはあいつの正体隠すのにもう散々母親を誤魔化してるんです。ここで帰られたら元も子もないんだけど」
「それはYUIだってそうだよ。三谷くんよりもあの子の方が周りにバレたくないって思ってんだから」
じゃあなんで帰ったんだよ。
ちょっと強引に連れて行かれたとしてもさ、この状況を考えれば断ることくらいできたんじゃね?
「で? あの2人どこ行ったの?」
「それがねぇ……。あたし咄嗟にこのあと取材とか言っちゃったからさ~。YUI、今頃かなりパニくってるかも……」
「マジかよ……」
これはあくまで想像だけど、俺が母親に誤魔化して嘘を重ねたように、あいつもこっちとの辻褄を合わせるために色んなところで誤魔化してきたのかも知れない。
もう一層のこと本当のことを言ってしまった方が話が早い気もするけど、それはあいつの了承なしにはできない。
偶然にも校内でぶつかって知り合った間柄。
ただそれだけの繋がりだったのに、冗談半分で言った奴隷を承諾するわ、その割りには普段から強気の物言いだわ、俺も俺でいつの間にか一緒になって正体を隠すのに躍起になってるわ……。
ま、でもここまで誤魔化しといて今さら妹のときみたいに暴露する選択肢はない。タイミングが遅すぎるし、仕事まで途中で上がってるのに今さらどんな顔して暴露するんだって感じ。
なんとかするしかない。
「……三谷くんさ」
先に沈黙を破ってきたのは高月さん。
何かを思い立ったのか、それともただの雑談か、どちらとも取れる顔に手を添えて話し出す。
「きみ、本当にYUIのこと奴隷にすーー」
「失礼致します。お戻りになられたようなので先にお飲み物のご注文をお伺いしても…………あら?」
チ、チーフ!?
ヤバい……。
この人どんだけタイミング悪いんだよ!
「VIPルームのお客様? いかがないましたか?」
完全に高月さんの顔を見て首を傾げるし……。
「あ、あ……私は! えとですね……!」
高月さん大パニック。俺も相当あせってるから気持ちはわかるけど、高月さん、ここはなんとか上手く誤魔化してくれ!
「わ、私は芸能プロダクションの高月と申しまして、彼の、その……清楚な顔立ちと雰囲気に引かれまして少々ご挨拶を!」
なんじゃそら。
プロダクションの人間が一般人にご挨拶?
そんな噛み噛みのあり得ない設定で誤魔化せるほどうちの母親はハードル低くな……
「えっ!? それってもしかしてスカウトみたいなことですか!? その子、うちの息子なんです!」
低かったわ。
いやそうじゃなくて!!
(そんな誤魔化し方するから!!)
(そんなこと言ったてさ! VIPルームの客ってバレてんだし他に逃げようがないじゃん!!)
(そうだけど! でも他に言い方が……!)
ん?待てよ。でもこれって……。
もしかして抜け出せるチャンスか!?
「母さん、悪いけど高月さんの話し聞いててくれる? 俺、ちょっと様子見てくるから」
「ええ、行ってらっしゃい。それで高月さん、うちの息子をスカウトって……!!」
どうでもいいように見送られた。
私語厳禁じゃなかったっけっていう疑問よりも、母親のスカウトって言葉に対する食いつき度が半端ないのが気になる。予想外すぎて。だけど、これで時間が稼げるのも確かだ。
ちょっと待ってよ!!と、あからさまな表情で俺に視線を送る高月さんにこっそり手を振り、携帯を片手に店の外へ飛び出した。
ーー…ーー
☆ ☆ ☆
加賀美さんの車がお店を出てからしばらく経つ。
いつもは結構お喋りなイメージの人だったけれど、発進してからは意図的なんだろうかほとんど話しかけてこない。
それが逆に混乱を誘う。
考えれば考えるほど、優先順位を見失っていくような感覚。どこに向かってるのかもわからないし、取材と偽った肝心のすみれさんもいない。先輩のお母さんも私が帰ってくるまでオーダーを待っている状態だし、何より店に置き去りになっている先輩のことが気が気でならない。
そう言えば先輩、なんで従業員の格好でVIP席にきたんだろう? 3番テーブルで何かトラブルがあって私を呼びにきた、とか?
すみれさんが説明してくれているとは思うけど、私があの状況で店を出たこと、先輩はどう思ってるんだろう。
やっぱり困ってるよね……。
「ーーYUIちゃん」
「は、はい!?」
突然、名前を呼ばれた。
「このあと取材って言ってたけどさ、それ……嘘でしょ?」
「え……」
「YUIちゃんの事務所もこの業界じゃ大手だし、高校生にこんな時間から取材なんて入れるはずないよね?」
「そ、それは……」
「まぁまだ21時にもなってないから入る可能性もあるんだろうけどさ、それにしてもマネージャーの高月さん、めちゃくちゃキョドってたじゃん。本当に取材だったらあんなパニくらないでもっと普通に対応してきたと思うんだよね」
この人……全部気づいててわざと……。
「少し話しできる場所、行かない?」
駄目だ……上手く頭が回らない。
断ればいいだけなのに、動揺してるせいかなんて言っていいのかもわからない……。
そんな口ごもる私に、加賀美さんは更に続ける。
「それにYUIちゃんさ、昼間に連絡先教えてって言ったときの携帯、あれ会社のやつだろ? 俺さ、会社用じゃなくてYUIちゃんのプライベート用の方を教えてほしいんだよね」
イケメンで優しくて背が高くて、女の子から抜群にモテる人気俳優の加賀美真さん。私も昼間カフェに行ったときまでは優しくて素敵な人だなって思っていたのに、なぜだろう……今はこの人がどうしようもなく怖くて仕方ない。
鞄の中で自己防衛のように自分のスマホを握りしめる。もう嘘がバレてるとか気づかれてるどうでもいいから、一刻も早く車から出たいと本気で願った。
プルルルルルーー
突然、握りしめたスマホが鳴る……。




