15.偶然が招くハプニング②
☆ ☆ ☆
「ねぇすみれさん。今日ってさ、別に打ち上げとかじゃないんだよね?」
「あたり前じゃん。まだ全然撮影終わってないんだから。これからも皆で頑張って行きましょうねっていう懇親会みたいものかな、今日の会食は」
「その割にはなんかすごくないですか? ここのお店……」
「演出にしても脚本にしても今回は相当力入ってるからね。出演者もかなり豪華だし、製作側もマジってことなんでしょ」
撮影関係者が一堂に会する今回の食事会。
スタッフさんはスタッフさん同士で、出演者たちもそれぞれの事務所ごとにそれぞれの移動手段で現地入りの予定。食事会は午後19時からで、私はすみれさんが運転してくれる車で15分前に到着した。
「へぇ~直接店内に繋がってるんだね、ここ……」
駐車場に車を停めて先に降りたすみれさんが感心にため息を混ぜる。お店の外観もさることながら、駐車場もかなり綺麗な印象……だけど、別に何か特徴があるってわけでもない。
駐車場から店内に繋がってるって、別に驚くことじゃなくない?
「繋がってないとお店に入れないんだからあたり前でしょ?」
「いや、そういうことじゃなくてさ。ここの駐車場、今回予約してるVIPルームの個室に直接繋がってるんだって」
「え……すご」
「でしょ?」
それは予想外。……私の理解力?
いや、駐車場が店内の個室に直接繋がってるなんて初めて聞いた。外観と言い、やっぱりすごい高級なお店なんだ……。
少し遅れながら感心し、すみれさんと2人で周囲を見渡しながら専用のエレベーターに乗って店内へと入った。
ーー…ーー
★ ★ ★
PM18:55ーー
スタッフの様子が異常なほどあわただしくなってきた。特に母親、10分ほど前からVIP席と一般席を行ったり来たりでホール指示すらサブリーダーに任せっきりな状態。
ホール内だから誰も声に出してまでは確認しないけど、恭太郎さんが言ってた『大物』たちが到着したんだろうなっていうのは皆すぐにわかった。
「VIPルームの御予約様御一行が到着されました。接客は私が担当させていただきます。各スタッフは他のお客様のCSを疎かにしないよう務めて下さい」
「「「 かしこまりました 」」」
「それでは、宜しくお願い致します」
チーフはインカムにて社員たちに自身が一般席から離れる旨を説明する。
その声はもちろん俺にも届いているがそんなことはどうでもいい。今はホールからデシャップへ持ち場変更の指示を貰い受けてデザート出しに勤しんでいる真っ最中なんだ。
「なんだよ今日、忙しすぎるだろ……」
平日の割りにテーブルの回転が早く、なかなか客足も途絶えない。恭太郎さんが言ってた大物の存在も頭の片隅から消えるほどの忙しない時間が、息をつく間もなくあっという間に過ぎ去っていく……。
ーー…ーー
1時間30分後ーー
☆ ☆ ☆
「YUIちゃん、今度私が脚本する映画も宜しくね!」
「ありがとうございます! こちらこそ是非宜しくお願いします」
PM20:30ーー
食事会もそろそろ中盤に差し掛かる。
最初は緊張感で上手く輪に入っていけなかったり、食事を楽しむこと以外何もできなかったけれど、徐々に監督やスタッフさんとも普段はできない仕事以外の会話もできるようになった。
絡みの少ない共演者さんたちとも連絡先を交換したり、交流の輪がどんどんと拡がっていく。
ただ1人、昼間に失礼なことをしてしまった加賀美さんを除いては……。
「昼間はすみませんでした、加賀美さん」
「ううん気にしないで。連絡先、聞きそびれちゃったけどね」
「よかったら今から交換していただけますか?」
「ごめんね、気を遣わせちゃって。ありがとう」
やっぱりすごいいい人。
絶対印象は悪いはずなのに嫌な顔一つ見せないで対応してくれる。誰かさんとは大違い。勇気を出して声を掛けてよかった。
そう安心した瞬間だったーー
「YUIちゃんさ、今からちょっと2人でどっか行かない?」
そっと近づけてきた顔、加賀美さん特有の独特な甘い声が吐息のように耳元をかすめる。
「え……」
ち、近い……!
今誰かに背中を押されたら自然に唇が当たってしまうくらいの距離。
咄嗟に目線をそらす。釣られて顔も背ける。
「今からって……まだ食事会終わってないですよ?」
「もうほとんど終わりみたいなもんだって。ね? 行こうよ」
加賀美さんの目、もう完全に口説きモードだ。さすが週刊紙の常連だけのことはあるよね……って!感心してる場合じゃない!
「す、すみません、私ちょっとお手洗いに……!」
今この場を立ち去るにはこれしか思いつかない。加賀美さんからのお誘い返答を待たずにサッと立ち上がり、そそくさと一般席の化粧室へーー
「あれ? どこ行くの?」
すみれさん……!
VIPルームには専用の化粧室が設置してあるから当然の質問だけど……
「すぐに戻ります」
お願い!これで伝わって!
「トイレ? VIPルームにあるじゃない。そっち一般席だよ?」
「いいの!」
知ってるから。ちょっと黙ってて。
首を傾げるすみれさんの横をほぼ強行気味に通り抜け、一般席に通じる襖を出る。
上着を羽織って、すぐに鞄からプライベートで掛けているビン底眼鏡を取り出して着用、個室が続く通路を抜けて一般のオープン席の空間へと向かった。
「あの人、なんですぐ誘ってくるんだろ……」
「あら? 奈央ちゃん?」
え!?
化粧室目前で呼び止められた。
それもYUIじゃなく、本名の方で……!
内心ドキドキしながらおそるおそる振り返る。
脳裏には中学時代に仲の良かった友だちやその子の親、当時の担任とか遠い親戚の人など、様々な予想が駆けめぐった。
「えっ!?」
せ、先輩のーーお母さん!?
なんとそこには立っていたのは、昨日初めてお会いした先輩のお母さんだった。
なんでこんなところにいるの!?
「くるみのお友だちの奈央ちゃんよね? 昨日家にきた」
「あ、は、はい! 昨日はお邪魔させていただいてありがとうございました!」
「いいえ、またいつでもいらして下さい。ところで、今日はご家族でご来店ですか?」
「え、えと……!」
ヤバい……。
先輩がいないこの状況で下手に嘘を重ねたら収拾がつかなくなる。現に先輩の妹さんの友だちだって、昨日会ったばかりの嘘だし。
ピンチだ! どうしよう……!