12.誰かさんの陰謀
★ ★ ★
結局あれからYUIに何かメッセージを送ることもなく、一旦布団にくるまったあとすぐに着替えて学校へ向かおうとした。その矢先ーー
『お兄ちゃんストップ!』
家を出る直前に珍しくも玄関先で妹に呼び止められた。
『ねえ、YUIちゃんて今日は家来ないの?』
『は? 来ねえよ。なんで?』
『命令すれば来るんじゃない?』
妹ってYUIのデビュー直後(雑誌やらで取り上げられた頃)からのファンなんだけど、発想が怖いっていうか、俺よりも絶対ご主人様的なもんに向いてるなって思った瞬間だった。
たぶん俺たちの経緯を説明したときに聞いた奴隷って言葉で思いついた命令なんだろうけど、私利私欲感が半端ない。
普通だったらいくら奴隷って言っても漫画みたいにそんなほいほい命令なんて浮かばないし、そもそも今なんて命令するような状況にすらない。
もちろん、妹の発言も当然のように冗談だと受け取って、そんな命令できるかよってさっさと家を出たんだけど……
いきなりこれ。
午前の授業終了間近、妹から謎のメッセージが送られてきた。
<YUIさん、たぶんお昼には学校にいくと思うから、悪いんだけどまたサインもらっといて
YUIの正体を秘密にする代わりに本人とL○NEの交換もしてたし、そのあとサインをこれでもかってくらいもらってたくせに……今日になって再びサインの催促とかあいつ何考えてんだ?
>直接頼めって。なんのために連絡先交換したんだよ
ど正論を返したつもりだが、あっけなく既読スルー。結局、くそ生意気な妹のために渋々サインをもらいに行くハメになった。
それにしても『たぶん昼には学校へ行くと思うから』ってなんだ?
ーー…ーー
☆ ☆ ☆
「いらっしゃいませ」
「予約してた加賀美です」
「加賀美様、いつもご予約ありがとうございます。どうぞこちらへ」
すごいお洒落なお店ーー
色とりどりの草花で装飾されたオープン席の奥には、個室に繋がるようなレンガの通路ーー……ん?
「加賀美さん、予約してたんですか?」
「ああ、もちろん」
もちろん、なんだ。
加賀美さんは休憩中だけど、実は私の撮り分は今日は終わり。それが決まったのはついさっきの話しなのに、この人いつの間に予約したんだろう?
因みに私の撮りが明日以降に延びた理由は、台本チェックとシーンの撮り順の変更。あとは……昼から学校ということが重なったせいかな。
っていうかもし断ってたらどうしてたの?っていう、結局着いてきてるくせに素朴な疑問が沸き上がる。
まあ2人きりで食事とはいえ早めに終わって余った時間限定だし、学校は昼過ぎから行く予定だからまだ2時間以上ある。特に断る理由も見つからなかったから仕方ない。これも役者さんとの交流を深めるための大切なお仕事だと思うことにしよう。
そう切り替えて、改めて店内を見渡す。
うん、やっぱりすごいお洒落。まず何といっても目を奪われるのが内装のーー
「YUIちゃん、こっちだよ」
「あ……はい」
見渡す暇もなく個室へと案内された。
ーー…ーー
ケーキと紅茶をご馳走になって、話しは私の演技や容姿の流れへーー
「大丈夫、自信持って。YUIちゃんの演技ってすごい引き込まれるものあるから」
「ありがとうございます」
さっきからずっと褒めてくれる。
うん。この人、いい人かも。
たぶん男子から見てもイケメンだと思うくらいの容姿。優しいし、気遣いもしてくれる。
でもなぜだろう……?
どこかぬぐい切れない口説かれ感が全身を襲う。
歳上で聞き上手でよく褒めてくれるけれど、一小節ごとに「彼氏は?」とか「今好きな人いるの?」とか、しおりのように挟んでくるから話しが全く入ってこない。
「ほんと可愛いよね、YUIちゃんて。連絡先交換したいんだけどいいかな?」
ずっとこんな感じ。
たぶん演技がどうとかどうでもよくて、結局連絡先を聞きたかっただけなんだろうなって正直思う。
でも私は躊躇なく鞄から携帯を取り出した。
「大丈夫です」
「ほんと? ありがとう」
別に連絡先くらいどうってことない。
加賀美さんに限らず、今まで役者さんとの連絡交換なんて何度もあったことだし。
それにこんなときはこれ。すみれさんが用意してくれた仕事用のスマホ。
「シンプルだね。何もつけてないんだ?」
仕事用ですから。と、心の声は決して漏らさず、笑顔と愛想でこの場をしのぐ。
ピコン!
加賀美さんと連絡先を交換している際、鞄の中から自分のスマホがタイミング悪く音を響かせた。おそるおそる鞄の中で確認する。
「……え」
「ん? どうしたの?」
「す、すみません……私、学校行かなきゃ!」
まだ連絡先の交換の最中なのに、私は慌てて席を立つ。
ほんと失礼極まりない。事情説明もなしに誘ってくれた昼食を途中で退席するなんて失礼にもほどがある。だけど命令だから行くしかない……!
目を丸くして不思議そうに見つめる加賀美さんに申し訳なくも頭を下げて、私は急いでお店をあとした。
「もう! 昨日は命令しなかったくせに~!」
ーー…ーー
★ ★ ★
>もう学校ついた?
ちょっと短すぎるか?
昼休み、短い文章に迷いながら1年の教室へ向かう道中にメッセージを考える・打つ・消すを繰り返した。なんで俺が妹の代わりにサインをもらいに行かなきゃならないんだっていう心の愚痴と共に。
まあ、もう登校してるんならわざわざ向こうまで行かなくても売店辺りで会えばいいし、まだ登校してないんならそのまま腹を満たすために売店へ行けばいい。とりあえず、売店だ。
>もう学校きてる?
よし、もうこれでいい。ひとまず打ち終えたメッセージを1年の教室へ続く階段と売店に繋がる廊下付近で送信する。
ピコン!
「ん?」
送信したジャストのタイミングで背後から受信音。ただの偶然かも知れないが、無意識に振り返る。
「はぁはぁ……!」
偶然にしてはすごいタイミング……。
「お待たせです!」
眼鏡女子だ。
Y字に曲がった膝に手をつき、息を切らせながらどこか不機嫌そうな眼鏡女子。
何があったかは知らないけど相当苦しいんだろう、大きなマスクが顔から "膨らんで"と"張りついて"を繰り返している。
「なんで息切れてんの?」
偶然による驚きが一番に変わりないけど、まずはそこが疑問。
「先輩が走らせたんでしょ!」
「は? いや、ちょっと意味が……」
「意味が、じゃなくて! 昼休みには学校についとけって先輩が"命令"したんじゃない!」
誓います。断じてしておりません。