11.一夜が明けて
★ ★ ★
"キス、しますか?"
「もうないよな、あんなチャンス……」
寝起き一発目に後悔の念が垂れ流れる。
そりゃそうだ。
なんたって相手はあのYUIだったんだから……。
あんな娘にキスしますか?って言われて、すんなりキスできる童貞などこの世に存在しない。いや、童貞じゃなくたって卒業生でも緊張で動けなくなるはずだ。
俺はもちろん前者。息子と共にもれなくカチカチに固まって、人生最大のチャンスを逃してしまった愚か者。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
断っておくが切なさはない。ほろ苦さもない。あるのはただ苦しみだけ。一度再生すると勝手にリピートされるあのシーンが重なるほどチキッた自分が腹立たしい。
『べ、別に! 今は命令してないだろ!』
『先輩が簡単に言うなっていうから、簡単には言ってませんって言いたかったんです!』
『さっきのは例えじゃん!』
『できもしない例え出さないで!』
できもしないって……。
せっかく良い雰囲気だったのに、そこから痴話喧嘩みたいになって、謎に最後まで意地の張合いが繰り広げられた。
しかしそのあと、YUIの口から中学時代の話がこぼれ出たところで事態は終息。
そもそも疑問だったのが、たかが口止めくらいでなぜYUIは彼女にでも奴隷にでもなるとまで言ったのか?ってこと。
最初は俺を諦めさせるっていう対策だったにしても、揚げ足を取られた時点でネタバレするか妥協するかくらいしてもよかったのに。
一度口にしたから的な頑固さがあると思っていたが、そこには俺が想像し得なかった本名・井川奈央の守りたい学校生活があった。
"もう、あんな学校生活は送りたくないから……"
人気絶頂の芸能人の気持ちなんてわからないけど、こんな俺でも、歳が一つ違うだけの後輩が必死に自分を守ろうとしてるってことくらいはわかった。
「……最初からそれ言えって」
スマホは井川奈央とのトーク画面のまま。
何かメッセージを打つこともなく、寝起きのまま妄想と独り言を繰り返して再び布団にくるまった。
ーー…ーー
☆ ☆ ☆
なんで昨日あんなこと言ったんだろ……。
午前の撮影も終了間近、セットの関係で一旦休憩を挟んでから再び撮影に入る都合上、楽屋ではなくモニター横の長テーブルで休憩を取る。
「はぁ……」
昔からの悪い癖だ。
頑固で、つい剥きになってしまう悪い癖。
まだ午前の撮影が終わったわけじゃないのに、ため息をつきながら頭を抱えて昨日のことを思い返していた。
先輩は奴隷じゃなくていいって言ったのに「大丈夫です」って強がって、言い返されると引っ込みがつかなくなって我慢のボーダーラインを下げながらいつも自分にできるギリギリを"条件"にする。
ま、ドラマをやっていればいつかはキスシーンだってある。青春を謳歌してる女子高生じゃないんだから、あまり思い悩むのはやめーー
「YUIちゃん、お疲れ様。……どうしたの? 思い悩んだような顔して?」
やめようとした矢先に声を掛けられる。
「俺でよかったら相談乗るよ?」
名前は加賀美真、19歳。
今回のドラマで私の恋人役として共演する俳優さんだ。
それもただの俳優じゃなくて、私と同じ10代でスカウトされ、私がデビューした14のときにはすでにドラマや舞台で活躍していた若手実力派俳優。
顔立ち良し、男の子なのに肌もすごく綺麗で化粧乗りもいい。たぶん声優をしても成功してたなって思うくらいの甘い声が特徴的で、美的感覚っていうか、ファッションセンスも抜群。よく彼を目にするのがファッション雑誌の特集か表紙。これ、女の子たちの常識ね。
裏方さんにも共演者にも気配りができ、誰にでも礼儀正しく、優しい。目上の役者さんからも可愛がられ、プロデューサーさんや監督さんからのご指名度も高い。すみれさん曰く、彼は芸能界で活躍する術を身につけている……らしい。
でも、そんな彼にも唯一の欠点がある。
それはーー
「YUIちゃん、このあと二人で食事でもどうかな?」
ファッション雑誌よりも週刊誌の常連さんなんだよね、彼。
「マネージャーの高月さんには話してあるからさ」
「すみれさん、何て言ってましたか……?」
「本人が宜しければ、是非ーーだって。どう?」
断ってよ……すみれさん。
私このあと学校だし、午前中の撮影で疲れてるし(てかまだ終わってないし)、高校生で『独占スクープ!加賀美真、現役jk女優YUIと熱愛発覚!』なんてタイトルで週刊誌に載りたくないんですけど……。
沢山のブクマと評価、ありがとうございます。
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