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10.ふたりきりの密会⑤

★ ★ ★


 YUIの唐突な奴隷発言により、妹はかなりの衝撃を食らったような顔をしていたが、本物とご対面したよりかはインパクトが少なかったのだろう、話しの矛先を『誰にも言わないこと』に持っていった途端あっさりと頷いた。


 うちの妹は人を困らせたり嫌がったりすることを嫌うタイプ。口もそこそこ固い方だし、誰にも言わない代わりにとL○NEの交換までしてたから、まあ大丈夫だろう。



「ほんとに連絡しちゃっていいんですか!?」

「うん。返事は遅くなっちゃうかも知れないけど、いつでも連絡してくれていいから」

「ちょ~嬉しい! ありがとうございます!」


 妹はご満悦に立ち去った。

 

 人気芸能人なのに、割りといいヤツかもな。

 と、それはさておき、俺の中ではYUIが平然と口にした奴隷の言葉が引っ掛かっていた。


 この際だし、確認しておくか。


「さっき自分のこと奴隷って言ってたけどさ、ほんとにすんの?」


「先輩に揚げ足取られたから仕方なくですけど」


「べ、別にさ……正体知ったからって、こっちはそれを盾になんかしてほしいみたいなことは思ってないからな?」


「なにそれ。奴隷って言ったの先輩でしょ?」


 今さら困らせてやろうと思って、なんて言えない。でも、本心を言わなければこの先チャンスすらないかも知れない。

 

 仕方ない、本音で話すか。


「最初はさ、妹みたいに連絡先聞こうとしただけだったんだ。それを言い切る前に『彼女にでも何でもなる』とか言うからさ。しかも条件が彼氏って割りに赤の他人みたいな条件だっただろ? ちょっと腹立って」


「そうだったんだ……ごめんなさい」


 これでよかったのかも知れない。

 ここまで素直に謝られて、再度奴隷宣言なんてできるわけがない。


 もともと相手は大人気女優。

 かたや俺はどこにでもいるような陰キャ男子。


 正直、奴隷なんて言われても命令なんてできないし何も思い浮かばない。

 秘密はこの先も守るけど、それを盾に何かを強請させるみたいなマネは柄じゃないから。


「あ……」


 沈黙の中、何気に突っ込んだポケット。  

 あれだけ探した生徒手帳、どうりで鞄の中にないはずだった。


「はい、生徒手帳。中は見てないから」


「ありがとうございます……」


 奴隷事件、これにて終演……だな。




「先輩……すみませんでした。確かに揚げ足は取られちゃったけど、でも自分から言ったのも事実なんで私やります」


 終息したかに思えた奴隷事件ーー

 唐突な彼女の公認発言に、俺は思わず心でため息がこぼれた。

 いいって言ってんのにさ、なんなの?って。


「だから……!」


 咄嗟に悪い癖が顔を出す。すぐ剥きになって言い返してしまう悪い癖が。


「じゃあさ、こっちが言ったこと全部従えるんだな?」


「……できる範囲のことだったら」


 甘いって。奴隷ナメてる?


「できる範囲とか関係ないから。奴隷ってのは命令すれば全部従うってことなんだって。言ってたよな? 彼女にはなるけど一緒に登下校なし、休みの日も会えない、それ以外も基本的に忙しいからメールもL○NEもなしって。奴隷だったら全部ありだから。わかってる?」


「……うん」


「うん、じゃなくてさ。例えばだけど、キスは? デートは? 命令されたらできんの? 奴隷ってだけで好きでもない男とさ」


 彼女は目線を上下させながら考え込むように沈黙した。


 あー……なんでスイッチが入るとこんなに剥きになるんだろう。

 陰キャとか以前に人として終わってんな、俺。


「一つだけお願いしてもいいですか?」


 こちらを見つめ直したYUIは、しっかりとした視線で続けた。


「今撮ってるドラマの撮影が終わるまでのあいだだけっていうのはダメ……?」


「なにそれ、期間の話し?」


「そのお願いさえ聞いてもらえるんだったら私、本当に奴隷でも何でもします」


「だから! そうやってすぐ何でもしますって簡単にいうけどさ!」


「キス、しますか?」


 は……


 はい……?



 キ、キキキキキ、キスッ!?

 YUIと、俺が!?


 今しがたまで自身を覆っていた嫌悪感が一瞬で消え失せた。ドクドクと脈を打つ心臓の音もはっきりと聞こえる。


 固まった視線はYUIの瞳とぷるぷるの唇を往復するだけで、思考回路は完全に停止寸前。


「え、えと……」


 お願いします神様。

 夢オチだけは勘弁して下さい……!

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