熱狂の死
そのために、「全員集合!!」の始まる土曜午後8時を姉とワクワクして待った時間が、私の少年時代に強烈な光芒を放って、いまだにテレビのお笑いを見る目を曇らせ、テレビから笑いを得ることを難しくしてしまっている。もはやテレビから新しいお笑いの形式を創造する者は現れないのではないだろうか?コント・漫才・喜劇、笑いの形式は出来上がってしまった感がある。一応、他人のマネを許さない強靭な芸人がいたが、いち早くテレビから離れ、舞台へと活躍の場を移してしまった。一人芝居のイッセー尾形である。
私は、自閉症スペクトラムがあるから、過剰な効果があるライブにはいくことができない。音がうるさすぎるし、演出も大がかりすぎる。だが、イッセー尾形のライブだけには行けた。静かな芸だからだが、その芸にはある種のすごみが感じられた。イッセー尾形の一人芝居には微妙な表情の動き、最小限の動作で大笑いをとる力がある。イッセー尾形が真剣な表情をとるとこっちも真剣になってしまうのだが、狙ったところでは、マジメに集中して注視している客をどうしたって笑わずに置かない迫力があるのだ。
いかりや長介がまだ若く、進駐軍のキャンプを回ってバンドをしながら笑いを取り、真剣に笑いを研究していたころ、テレビの笑いはむしろ甘いものだと思ったと自著に書いている。テレビでは常に新しいものをやらないといけないので、新しいのだが練りに練られた芸はできない。むしろ、キャバレーで漫才やコントをやる芸人たちの芸にある種のすごみを覚えたという。同じネタを繰り返せるので芸が練れるというのだが、それに通ずるものがイッセー尾形にあったのだろう。
至極鋭敏ないかりや長介はすぐに察知した。テレビでは常に新しいことをやらなければならないから、半端な覚悟ではできないのだ、と。1週間の間でネタを練りに練り、土曜の翌日、翌々日は営業をやって、新ネタになりそうなものをライブで試しながら、16年間「全員集合!!」を続けたのである。「全員集合!!」終了時、1931年生まれの長さんは54歳。よくぞ続けてくれました、の感が否めない。2004年にいかりや長介の訃報を聞いたとき、「あ、長さんも死ぬんだ……」と思った。その死が何か私には一人の人物の死というよりは、テレビへの熱狂の完全なる死滅に思われてならなかった。