花より魚でした
何度目かの花の季節を過ぎたら、抵抗するようにデートをすっぽかしていたヨシュアが大人しくなった。
「良く考えれば、アレだよな。今までも二人で遊びに行くこともあったし、それと同じだと思えばいいんだよな」
だ、そうです
「あのな。ごめんな。」
二人だけしかいないと簡単に謝っても来ました。
かっこ悪いんだよな、連れの中で俺だけ婚約者とか。って言ってました。
ヨシュアの行きたい所はわたしの苦手な所。私の行きたい所はヨシュアの退屈な所。
そんな日々を過ごして、結構まめにプレゼントをくれる様になった。
「ワーアリガトウ」
「お前。棒読み」
「だって、これ釣竿。」
「一緒に釣り行こうぜって俺の優しさじゃん?」
「自分でいうか。」
川っぺり苦手だ。泳げないし。彼の仲間が半裸で泳いでるところに連れて行かれた時は、ぼーっとした私でも恥らったよ。
「お前意識し過ぎ」
って上着を頭にかぶせられた。友人たちは口笛を吹いて冷やかすし。ヨシュアは遊び半分ながら、怒って彼らの元に駆けて行ったのは一昨年。
始めこそクリスどうしてるかなって話題に上がった食卓も今では別の事ばかりで。
最近、一人でばかりいるリサにアンが構う様になってきた。
原因は、アンの我儘を何でも聞くヨシュアを諭すのがラル兄さんだけになって、ラル兄さんはクリスと違って直ぐ拳骨だからアンとラルフが凄く仲が悪くなった時期があって、それを取り持ったのがリサだ。
リサは久しぶりにラルフとちゃんと話したし、アンとも話した。
お陰でアンはリサを構って少し困る時もあるが、大柄なので少し怖かったラルフとも仲良くなれたからいいかと思う。
「釣り。釣りかぁ~」
憂鬱だがヨシュアがご所望ならしょうがない。
(ヨシュアの)家に帰る。
アンが居たので、釣竿の話しをしたら盛大に眉をしかめて、「やっぱり他の男性に目を向けるべきよ」ときっぱり言われた。そんなこと言っても、リサはアンのようにモテないから無理だろう。
「無理って顔してるわ。リサ。アナタちょっとお洒落しなさい。私が色々教えてあげるから。」
「え。別に。」
「別にじゃないっ!」
「ええ~、このままでも。」
「良くないわ!綺麗になってヨシュ兄さんを見惚れさせて見返すのよ!」
アンは盛大に無理を言う。
「お、おい!アン。リサが困ってるだろうが。」
二人の会話にラルフが加わった。アンのリサ改造計画をいつも阻止してくれる良い兄だ。
「ちょっと、可愛いの一つも解らないラル兄さんは黙ってて。」
「いや、リサが可愛いのは解ってるぞ。」
「何言ってるの、まだまだ芋よ!」
「アン。その言い方はないだろう。」
兄妹で揉めだしたのでリサは安堵してその場を抜け出した。
今日の出来事をクリスへの手紙に書こうか。
いつも考えるだけで、リサはクリスへの手紙を書きそびれる。
ラル兄さんは頻繁に書いているようなので、便乗して渡せばいいのにリサはクリスの誕生日にしか手紙を送っていない。
ずっと前。十五になった歳だったか、クリスが帰らずそのまま都で働くと知った。それからますます手紙を書くのがおっくうになった。
一度も帰って来ないのは、きっといい人でも出来たんじゃない?なんて噂話を聞く。
おばさんは何も言わないけど、少し寂しそうだ。
リサも寂しい。
誕生日にだけ一往復するクリスからの手紙にも、何も書いていなかった。
・・・もう、忘れられたんだろうと思う。
クリスが元気ならいいや、とアンに乞われるまま紅をさしてみたりもした。ヨシュアは気付かなかった。
リサ自信はほとんど何も変わらず、いつの間にか十七歳になっていた。同じ年の女の子は卒業したら嫁に行く子だっている。別の町に働きに出たり、既に親の家業を継いでる子もいる。
「卒業したらどうなるんだろう。」
漠然とした不安。父の店で働くのが当然と思われている。が、何か違う気もする。
いつまでも悩んでいてもしょうがない。
今は釣竿の事だ。釣りかぁ。面倒・・・なんだけどなぁ。
次の日、私は本屋に出向いた。
釣りの初歩入門書を求めに。
釣竿貰ってまず本屋って言う所がリサとヨシュアの違いなんだと思う。
行きつけの本屋は数は少ないが、古書も新刊も扱っていて見ごたえのある本好きにはとても魅力的な場所だ。
「いらっしゃい。」
カウンターに店主のおじさん。
「こんにちは。あの。」
「なんだい?」
「釣り・・・、釣りの入門書とか・・・。」
普通は実地で覚えるだろうものに本などあるだろうか。
「釣り?そうさね、魚、川かなこの辺だと。」
ぶつぶつ言いながらおじさんは頭の中の地図で探しているようだ。
ああ、あった。と言って指で指し示す。
「階段横の棚が趣味の本が沢山あるよ、多分その辺かな。」
「ありがとうございます。」
頭を下げてそちらへ向かう。
領主様の図書室よりはだいぶん小さいけれど店主の趣味で集めたような本が沢山ならんでいるのでそれなりに大きな店だ。
奥に二階へ上がる階段があって。
「これかな。」
階段の下に設えた棚は斜め。
しゃがんでゆっくり探す。
途中、余計な本ばかりが目につくのは、自分が釣りに興味を持てないからだろう。
「リサ?」
懐かしい声。
直ぐに振り返れなかったのは、今までも振り返った先に何も無い事を何度も確かめたからだ。