まだなのか、もうなのか。
「リサは好きな子とか居るのか?」
父が唐突に聞くから、アチッって口を火傷しそうだった。
リサは学校では二期生と呼ばれる上級生で、年下の後輩に教える立場になっていた。家の中の事ならお手伝いもする。一人で留守番出来る年になって、今ではヨシュアの家に行くのも昼間遊びに行く時だけ。
今日みたいに、夕食を両親と食べるのは久しぶり。母お得意の野菜のごった煮は店の残りで作る。お出汁が効いてて旨い。
掬ってふうふう湯気がたつそれを冷やす。溶いた卵が絹糸みたいに揺れる。
さっきの発言については。
は?
もうそれしか言いようが無い。
「アナタ何聞いてるの。リサはまだ10歳なのよ自分で決めたり出来ないわ。」
だってな。と父が言う。もっと解りやすく言って欲しい。自分で決めるから。
目の前で母が父の言い分を遮って、リサに身を乗り出すようにして顔を見る。
「ヨシュアがいいと思うのよ。」
・・・ヨシュアは好きだけど?
うんうん頷きながら、母は流れる様に話し始める。
「ラルフは年が離れすぎてるでしょう?待たせるのも気の毒だし、ヨシュアなら店の仕事も仕込めば出来る様になると思うのよねぇ、結構器用でしょう。」
「うん。ヨシュアは釣竿も自分で作ったりするし・・・。」
で、何?
店でヨシュアを雇うんだろうか。
「そうよね~。流石、リサはヨシュアと、ずぅ~っと!一緒に居るだけあって解ってるわ!」
嬉しそうな母。文句ありげな父。
「別に俺は店の跡継ぎが欲しい訳じゃ・・。」
「何言ってるの、ヨシュアが来たらリサだってずっと家にいてくれるじゃない。」
「ヨシュアを雇うのと私と関係ある?」
二人がじっとリサを見た。
「リサ。順番としては妥当だと思うわ。」
はあ?
「断ってもいいんだぞ。」
何言ってんのアナタと咎める母。
「リサは見る目があるわ。ヨシュアのお家も良いって言ってくれたのよ。リサはヨシュアをお婿さんにもらうの。」
「婿?」
「まずは、婚約よね。二人とも子供だから堅苦しい婚約式はしないで置こうってヨシュアの家とも話してたから、大丈夫よ。あちらのご両親も乗り気だから。」
「婚約?!」
「固め帯っていう儀式があるでしょう?婚約した二人が結婚式用の帯を交換し合うの。」
アレ、私やりたかったのよお~っと、力が入る母。
父は気まずそうだ。母と父は結婚式をせずに誓約書だけで夫婦になったと言っていた。
「簡単な食事会をしてお祝いするの。だから、今度の休み開けといて頂戴ね。」
ねって・・・。決定?
「リサはまだ子供・・・。」
言いかけた父を母が遮る。
「あら、往生際が悪いわね。アナタが決めて来たんでしょうに。」
「あの時は酔っててっ!」
「あ~そう?大事な娘の婚約話を酔ってしちゃうの?違うわよねぇ?『息子一人頂戴』『良いよどれがいい?』でしたっけ?」
嫌見たらしく先日のヨシュアのおじさんと酒房での酒盛りの事を言われている。
あの夜は上機嫌で父さんもおじさんも夜中に大声で歌いながら帰ってきて、煩かった。婚約云々はあの日に決めたのか。
「とにかく!私は賛成なの!リサは大人しいからヨシュア位明るい方が釣り合いが取れてるのよ!ね!リサ」
母は結構押しが強い。頷くまで『ねっ』っと続きそうだから頷いた。所詮口約束だろうと思ったし。
「俺は」
父がまだゴネル。
リサはもう食事を再開することにした。
「クリスの方が・・、」
まあ!と大きく口を開けた母。ひときわ大きな声で、父に反論する。
「何言ってるの!クリスは勉強して偉い人になるんだからリサが釣り合うわけないでしょう!その内町を出るかも知れない人にリサは任せられません!」
母の口ぶりでは、リサが町にずっといるのは確定のようだ。そして、いつかクリスが町を出るのも。
「それに、クリスには断られたんでしょう。」
「まあ、そうだけど。」
バツが悪そうに母から目を逸らす父。匙を持つリサの手が止まる。
クリス断ったんだ。
「ヨシュアは良いって言ったのよね?」
「ああ。」
ヨシュアは良いって言ったんだ。
そうだよね。クリスは子供と婚約なんかしないよね。
飲み込んだ美味しい筈の夕食は味がしなかった。仲良しだと思ってたのは自分だけだったのか。とか、ああ、違う。兄妹みたいに仲が良いから断られて当然だ。とか、頭の中は勝手に色々考えていた。
・・・ヨシュアは、了承したって言ったけど。
きっと何も考えずに返事したに決ってる。
後で問い詰めよう。