君の為に Ⅳ 了
王都に行くまでには時間があって、リサとも未来の話をいっぱい出来ると思っていた。
結局、リサに見送られず町を後にした僕は王都にてがむしゃらに勉強した。
リサに手紙すら送らず。それでも気になって兄に手紙を出す時にはさり気無くリサの近況を聞いた。
ラルフ兄さんは頻繁に知らせをくれる。僕の予想を良い方に裏切って筆まめな人だった。
リサからの手紙は、家族の手紙が纏めて届く日だけ同封されていた。リサは自分の事は書いてこなかった。返事を書かない自分が言うのはおかしいのは解ってるけど、傍に居た時とは違ったから、寂しい。
リサの言葉で彼女の様子が知りたいのに、ラルフの知らせでしか解らない。焦燥を隠し、諦める為に増々勉強にのめり込む。
◇◇◇
裏庭には領主夫妻の為の庭園。
そこは生徒達の立ち入りを今も許していない。だが、その少女は知らなかったから、あの時からずっと、妻に会いに来ている。昔はただ遊ぶ為に。大人びた今は、妻の為に花を手向けに。
あの日。妻の好きな花を携えて庭に赴いた先に少女はいた。
見知った子だと言うのは頭にあった。しかし、妻の為に設えた東屋に座る幼子を見て思わず怒りが湧くのを止められなかった。足を速め早く追い出して仕舞わなければと気が急いた。
裏庭にあるのは青い屋根。その下に彼女の為の贈り物。
季節ごとの花、可愛らしい物が好きな彼女に人や生き物を模した人形。安価だが温もりがあると言っていた装飾品。細工物の櫛は生前から使っていた。
それらを手に取る少女の視線は妻の磨かれた墓標に向っていて自分が近づくのにさえ気付かない。
それに手を触れるな!それは、私の妻の物だ!!
どなり、掴みかかろうとした。・・その手がかかる前に、幼い声が耳に届いた。
子供は無邪気にままごとをしているようだった。
身体が凍ったように止まる。
少女は手に持った花冠を妻の墓標に掛ける。満足げな様子が後姿でも解る。オルゴールのネジを巻き箱を開く。彼女の好きな音楽に乗せて人形達の即席の舞踏会が始まり、花はもう一度彼女の前に捧げられる。どうも妻の役処は王女様らしい。小さな求婚者達が彼女の前に並ぶ。彼女はこんな場所でも人気者なようだ。
荒らされた様に思った思い出の場所は、柔らかい光に照らされていて、ただひっそりとあるより嬉しげに見えた。
無邪気に遊ぶ少女にそれが墓だと解るはずもない。ここは死者を眠らせる場所じゃなく、俺の我儘で作り上げた裏庭の中の東屋。
もう、怒りは感じなかった。
返答の無い願うばかりだった場所に、妻の幻影が重なる。
少女を覗き込みあやす彼女が見えた気がした。
気付かれないままなのにホッとしつつ、その場を離れた。
フォアードに声をかけ、少女を探しているだろうクリスに彼女の居場所を教えておく。
今日の花は彼女の部屋に飾ればいい。
「ここの空気は私の身体に合うみたい」
「そうか」
「ねえ。私健康になったと思うの」
「気が早いな」
「だから、この場所に恩返しがしたい」
「何を考えている?」
「怒らないでね」
「無茶をしないなら」
「領地の子供達って王都と違って早くに大人にならなきゃならない様な気がするの」
「ああ、働きに出る年齢も早い」
「それが悪いとは思わない。でも。その前に少しでも学んで欲しい。勉強して遊んで、そして未来を思い描く力をつけてあげたいの!」
きらきらとした目で語る彼女の夢を叶えてやりたいと思った。
始まった計画の先を彼女は知らない。
それからたった三年で彼女は儚く消えてしまったから。
「・・・今日は楽しかったか」
彼女の絵の前で語り掛ける。
小さな子供といた幻の彼女に。
◇◇◇
リサに会いたい。
帰ろう。
帰って、それからの事は・・・後で考える。
珍しく思考を放棄して出した答えは、領主様から初めて届いた手紙の所為だ。
故郷に帰って教師をしてみないか?
今でなくてもいい。将来的にでも、もしくは王都に残ってもいい。が、後悔しないようじっくりと考えて決めてくれて良い。君の望む未来を歩む様に。
そんな風に丁寧な字で書いてあった。
僕の望む事。
ただ会いたい。