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婚約者の言う事には  作者: 北見深
各々の回想
22/29

君の為に Ⅱ

クリス目線有(混在)

学校には領主様が寄付された蔵書がたくさん届く。

この町の子供達は進学より家を手伝い助ける為、働きに出る者が多い。だからこそ、短い間でも知識を学ばせより良い働き口に、もっと学びたいならその機会を。それが若くして着任された領主様の方針だった。


 彼が赴任して来た時にはまだこの辺りは長閑な田園風景広がる田舎で、(今でも田舎ではあるが)学校なんてキチンとした施設は無かった。

慈善事業で神殿の司祭が勉強を教えてくれるぐらいで、しかも、働き手でもある子供らは忙しく、親も子もあまり勉強に熱心では無かった。



初めは、町の集会所に本を置き読み聞かせるような子供たちの世話役の女性が来た。

殆どの親は子供に構ってはおれなかった為、徐々にそこに子供を預ける様になった。

次に、子供が大人を手伝わずに良いように、新しい耕作機を安く貸し付けたり、商人を町に呼び込んで町を活気づけたりと色々と策を練って、領主様は町の人々に余裕ができる様に務めてくれた。


それから、教師の役をする人が王都より呼ばれ、集会所には生徒が増えて手狭になり、大人たちが新しい学校を建設した。


若い領主様がそれを成し遂げたのは僅か十年の間。


神殿の片隅や、町の集会所だった勉強の場所が王都にあるような学校になった。比べるような大きさではないが、町の子供には丁度いい立派な学校が建ったのだ。

町の人々は一見人を寄せ付けない雰囲気の領主様を、遠巻きに見ながらも慕っている。



後は、町の子供たちが自然に学んでゆく。



◆◆◆



クリスは勉強の場を与えられて、誰よりも喜んでいたと思う。

勉強を良くする子には領主様が屋敷で特別な先生を付けてくれる。

クリスが嬉しかったのは先生ではなく、領主様の蔵書室に入れることだった。

外国語の本も多数あって、クリスはリサに本を読む為に外国語も勉強した。




何度か領主館に勉強に通い、領主様の伝令役をしている執事のフォアードさんに蔵書室への出入りの許可を貰った。

壁面一杯を本棚で覆った蔵書室。落ち着いた静かな空気の部屋は木の匂いがする。

中央に読書スペース。螺旋階段が壁を這うように巡り、それに添うように本棚。

三階分はあるだろう天井までの吹き抜け。真っ直ぐ天から光射すモザイクの窓ガラス。

クリスは思わずぽかんと口を空けた。

「今日は貴方だけですから、時間までお好きにお過ごしください」

子供にも礼儀正しいフォアードさんはそう言って去って行った。


「本の海みたいだ」

深い本の海。ここからは少し遠い海は近くの川よりも水に溢れ、高い波が砂浜に押し寄せる。らしい。

本から得た知識だ。

きょろきょろ周りを見回しながらそっと足を進める。

手近な本棚から見てみる。

「図鑑だ。・・色々ある」

太い背表紙にはそれぞれの専門書だと解る文字と模様まで入っている。

あっちは文字ばかりみたいだ。歴史書に、医学書。哲学?ちょっと乱雑さを感じるが、埃が少しついていて、読まれていたのは昔のように思う。

「・・・じゃ、なくて!」

リサの好きそうな本!

児童書はきっと日当たりのいい場所に近い所。


直接日に当たらないように窓から離れた場所に本棚があって、窓際には絨毯が敷いてあった。

小さい子供ならそこに座って読むだろう場所。


子供の手の届く場所に、大きさも厚さも違う本が並ぶ。

・・・ああ、良かった思った通りだ。

手に取ると、それは古い外国のおとぎ話だった。

リサの好みの目当ての本を見つけたクリスは、自然に笑みを浮かべる。

少し手こずりそうだが、書き写して読んでやろう。

その本を持って別の棚へ、数冊辞書を見つけて両方抱える。

机にそれらを広げ、用意していた紙とペン。

明かりがいる様になったら帰る時刻だからと、一旦外を眺めてまだ時間がありそうだと安堵する。



カリカリと紙に書きつける音だけが部屋に響く。

本のベージを眺めていると、背後から声がかかった。


「それに興味があるのか?」


クリスは叱られたかのようにビクついてしまった。本を押さえる手が震える。写してはいけなかっただろうか?見上げれば黒一色の衣装の領主様だった。表情を読もうとして目を合わせて、その鋭さに視線を落とす。彼の考えは予想出来なかった。


「お前はそれが読めるのか?」


領主様は、慈善事業とも言える行いに積極的な癖にとてもぶっきらぼうな人だ。見た目も大柄で黒い衣装をいつも来ているので怖いし、元は騎士だとの噂まであるから体格も他の人より大きい。クリスの背の高い方の父親よりも少し大きいのだ。


「・・・家でも・・読みたいんです」

それだけ言う。

リサにだと言って彼女に迷惑がかかったらいけない。家。なら自分で、他の誰かではないからきっと大丈夫。

くっと微かな笑み?(口の端が少し上がった程度だった。)を一瞬浮かべた領主様。

「解った。それはやる。」

「え?!」

頭の中は真っ白だ。

古い本。

外国語の本。

珍しい筈の本を『やる』?


「そこにあっても誰も読まん。お前。クリスとか言ったな?読めるならそのまま持ち帰ると良い。読ませたい相手でもいるんだろう?」

言わなかった事を言い当てられた。クリスの顔が引き攣ったのを彼は軽く眉を上げたぐらいで飄々と見下ろしている。表情に出ない筈のクリスの目が驚きに開かれる。まじまじと領主様を見てしまう。

そこには意外な程の優しい黒い瞳があった。

「いらんのか?」

「いります!ありがとうございます。御領主様」


頭を下げる。また、聞き間違いでなければ小さな声で笑われた。





 良く勉強する子供が一人いるというので、他の優秀な生徒と一緒に屋敷に呼ぶ。


子供らの興味を持つ場所はそれぞれ違う。

その噂の子は幾度かの訪問の後、礼儀正しく許可を得て真っ先に図書室に行った。


屋敷では領主の住居スペース以外は粗方出入り自由にしている。

勉強以外に蔵書室、調理室、ピアノの置いてある音楽室。表の庭園、馬屋。子供らの興味を広げるには屋敷は良い場所だと彼女が言ったからだ。

男女問わず望めば、王都で働けるほどの勉学も教えようと思うが、今の所それほどの興味を持つ者はいない。


件の少年は他者より遥かに早く教えを吸収していく。王都の学院に推薦をする予定だ。(相手が望めば)

その少年が時折亡き妻の蔵書の付近をうろうろしているのに気付いた。

よくよく見ると妻の好む童話の棚だ。

意外に思って眺めている。

書き写している。

外国語であったはずだが、そこまで出来るのか。

そうだ、教師の中に外から招いた者がいた

それにしても、時折筆を止めて何か思案している

難しくはない初歩の本だ。

何を考えているのか。あまり笑わないと思った少年が笑みを浮かべる。とても幸せそうに。誰かを思い浮かべて。

ふむ。

思い人か。

そうか。

妻の笑顔を思い出す。

「貴方ももっとそうやって笑えばいいのに」

そう言った妻。

こちらからすれば笑ったつもりもないのだから困るのだが。

そうか。

大事な者なのだろう。そんな顔をしている。


声を掛けたのは気まぐれ、

しかし、相手をはぐらかされて思わず笑う。

隠しておきたいのか。

そうか。

まるで私と同じだ。


自分だけが知ればいいと思っているのだろう。


面白い奴だ。

エルシュカ。本は彼にあげてしまったよ。だが、いいだろう。きっと大切にしてくれる。


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