幼馴染と妹様
リサ・ヨシュア五歳頃
三月きっかり預けられ、やっと母が帰って来た頃には、私は少し周りを認識していたのか、抱っこされた実母の腕の中で大泣きして彼女を絶望させた。
その時も、狼狽える父母の背を叩き、おばさんは「慣れるから大丈夫だって」と豪快に笑ったとの事。容姿は美人なのに実におおらかな人だ。
その後も、リサは食堂を営む父母の都合で、よくヨシュアの家に預けられた。
「やっぱり可愛いわねェ、女の子。」
その頃おばさんには娘が居なかったのでリサはとても可愛がられた。
ニマニマするおばさんの事を六つ年上の長兄のラルフは良く覚えていると言っていた。
それから、ど~しても女の子が欲しくなったおばさんは、これが最後!と、ヨシュアの後に一人だけ子供を産んだ。待望の女の子だった。
二歳年下のアンジェリカはその日から二人の中に加わった。
ヨシュアが婚約者になって、互いの両親は喜んでいたけれど、リサとヨシュアの関係が早々変わる訳もなく。まだ読み書きを習い始めたばかりの二人はただの幼馴染の遊び相手だった。
「リサ!アンはちっさいから鬼免除だぞ。」
「え!?」
「わ~い!」
アン(アンジェリカ)は嬉しそうに笑ってヨシュアに抱き着く。
小さな妹の愛らしさにヨシュアはにやけている。
リサとヨシュア、妹のアン。三人でしか遊んで居ないのに追い駆けっこの鬼役がリサ。実質ヨシュアしか追いかけられない。ヨシュアは男の子で、駆けっこも得意で、リサはどんくさい。不公平だと言うことも出来ず、リサが戸惑っている内にヨシュアは踵を返す。
きゃあぁってアンジェリカの楽しそうな声。
ヨシュアは妹の手を引いてさっさ逃げていく。
アンだってもうちゃんと走ってるじゃん!て言い訳はヨシュアには効かない。
ヨシュアは妹がお気に入りなのだ。
「待って~!」
リサは一生懸命追い駆けるしかないのだ。
妹のアンはおばさんに似て将来美人になりそうな可愛らしい顔立ちをしている。更に、彼女の両親と同じ明るい金髪と宝石みたいな青い目。
甘えるのも上手なアンに、ヨシュアはお兄ちゃんぶって恰好つける。
アンが言う事を直ぐ信じるし、何でも言う事を聞いてあげようとするヨシュア。
割を食うのは大抵リサだ。
アンがリサの玩具を欲しがれば『貸せ』というし、服を羨ましがれば『着て来るな』という。
・・・嫌になる。
「もうっ!」
既に姿の見えなくなった二人を探すリサ。家の付近は隈なく。近くの広場まで足を延ばした。
散々探しても二人が居ない。
「どこにも居ないよ。」
日暮れには遠いが、すれ違う年上の子供達の姿に心細くなってくる。
学校に行っている子供らの帰る時刻なのだ。
この町の子供は領主様が作ってくれた学校に皆行く様になっている。
お昼だって用意されてるから貧しい家の子も通っている。
「お腹すいたな」
ご飯の事なんか考えるから、おばさんのオヤツが恋しくなる。
今日は何を作ってくれるのかな。
リサは駆け足で家(ヨシュアの家だけど)に帰った。
おばさんの笑い声が台所からする。甘い匂い。リサは優しいおばさんのエプロンに抱き着きたくなって足を踏み出そうとした。
「おいしい。お母さん。」
「おお!旨いな!」
ヨシュアとアンの声。
二人は既に追いかけっこを忘れておばさんのおやつを食べていたらしい。
怒りより、お腹がむずむずするような居心地の悪さに、リサは足を踏み出せなくなった。
不意にココにいない両親が恋しくなる。
リサの両親は二人とも今頃夕方の仕込みをしているだろうか。
今日も母と二人で夕飯だろうか。
今日も寝かしつけられたフリでそっと母が出て行くのを見送るんだろう。
お店が繁盛しているのは良いことなのだからと、リサは布団に潜り込むのだ。
リサの心はしぼんでしまって皆の居る場所に入って声をかける勇気もなくなった。
もともと引っ込み思案な方なのだ。
そっと後じさり足音をさせない様その場から去った。
リサの足が向かう先は、おばさんの家の敷地内。ヨシュアに泣かされた時にはいつも行く同じ場所。
離れのクリスの部屋だ。