初恋を思う君
座るための芝生の空きスペースにクリスが誘導してくれて、二人並んで腰掛ける。
「今日は人が多いね」
「うん、しばらく曇ってたから。」
「今日はいい天気だから?」
「うん」
互いに公園の賑わいと噴水の水なんか眺めてる。
右に家族連れ、左に恋人同士。背後は駆け回る少年たち。凄く日常で、すごく平和。なのにリサ自身は少し緊張している。
温もりが無くなったと思ったら、クリスの手がいつの間にか離れていた。
うん。当然だね。座ってて迷子とかないし。
ちょっと寒い。ここ、日陰だからかな。
「はい」
今度は半分こにされたパンが差し出された。
「ありがと」
受け取っておいて言うのもなんだが最初からこれでもいいのでは?
クリスを見たら、噴水に目をやったまま二口でパンを平らげた。
手を振って粉を払うと親指で口を拭う。そういう仕草は兄弟似てるなって思う。
リサはちょっとだけ冷えてきた揚げパンをもぐもぐ食べきった。
ふう、と息をつく。
結構お腹いっぱい。揚げパンのおじさん、自分基準で大きく作りすぎじゃない?
汚れた口周りを拭こうとスカートのポケットを探る。
頬にちょっとごつい指があたってびっくりして、当人を見た。
クリスは「ついてる」と言いながらはみ出て口の周りに付いていたクリームを拭う。
「もう少し、こっちを向いて」リサはちょっとびっくりして身動きがとれなかった。
丁寧に拭う指はやさしくて、上向かされた掌も大きくて、クリスの視線が自分の唇をじっと見てる。心臓がバクバクいってる、丁寧に、丁寧に触れる指がくすぐったい!もう無理!
男子への免疫皆無なリサは涙目になりながら「クリス~」と声を上げた
ぱっと話される手。
「ああ、そうだ、ハンカチの方がいいかな」
「持ってる」
スカートの中で無意識に握りしめていたハンカチを出して、適当にぐいぐい拭うとクリスが眉根を寄せた。
「傷が出来る。」
やんわりと手を取られる。
だから!ちょっと!!やーめーてー!!
心の叫び空しく、ハンカチを奪い取られて優しく拭われた。
子供じゃないから!恥ずかしいから!非難の視線はクリスには全く効かなかった
また、噴水を見つめてる。
クリスとの沈黙は心地よかったのに、今は気まずい。
自意識過剰な自分ひとりがカラまわっているんだろうな。
気晴らしに視線をクリスと反対方向に向ける。
公園の中に観光客向けの羊が飼われていて、囲いの中でのんびりしている。
日に当たると茶色の髪は明るく綺麗だ。遠くからでも長年一緒にいた弊害で解ってしまう。
うわぁって声に出しそうになる。
アンと同じなのに殆ど真っ直ぐな金色の頭はヨシュアより少し背が低いぐらいなので、凛として映る。今日はアンは居ないみたいだけれど、代りにヨシュア含め数人の男の子が一緒にいる。
ミーシアはアンの同級生でクリスが居なくなって、王都から来た転校生だ。
垢抜けた雰囲気と凛とした賢さと整った綺麗な顔立ち、すらりとしているのに、胸も腰も女性らしくて羨ましい。
アンの学年に入学した彼女は、可愛い子同士意見が合うんだろう。直ぐにアンと友人になり、更に学校で人気者になった。
彼女の父が神殿官長で、地方赴任をしなければ出会う事も無かっただろう。ミーシアはお嬢様だが飾り気ない。性格も良いようでアンの家で一度挨拶をしたことがある。
その時、一緒にいたヨシュアの顔はかなり間抜けだった。
それから、まあ・・・。
ヨシュアは羊に餌を与えていた。普段はしない。ミーシアに見せる為だろう。気の引き方が残念だ。
ミーシアは王都育ちなので、家畜を身近で見たことがないのか、ちょっと遠巻きに見ている。
ヨシュア以外の子がミーシアを連れて行こうとし、ヨシュアが引き留めようと赤い顔で必死で声をかけてるさ様が痛ましい。
羊が機嫌を損ねたのかばくりとヨシュアの手に齧り付いた。
「あ!」
思わず声を上げてしまう。
やばい、クリスが見てしまう。
クリスを窺う。彼はリサの見ていた方向を正確に見ていた。
そこには金髪碧眼の綺麗な女の子がいて。
リサは少し頭を抱えた。
ヨシュアが半ば縋り付く様にミーシアの手を取っていたから。
(後でアンに怒られちゃうなぁ)
問題は、無関係のリサも連座で怒られる事だ。
我儘放題だったアンジェリカ。クリスの代わりに我儘を諌めるラルフと不満に思うアン。仲を取り持つのがリサの役目になった。お陰様で苦手だった筈のアンジェリカに何故か慕われ「アンと呼んでいいわよ」と言われその通りにしてから数年。
「どうしてお洒落しないの?!」「しても変わらないよ?」「リサは私の義姉になるんだからもっと兄さんをメロメロにしなきゃだめじゃない」「いや、無理」が最近のアンジェリカとの会話だ。
あれ?慕われてる?
実際。目の前に無理が居るんだけど、どうやってアンに誤魔化そう。
ヨシュアは他の子を押しのけ、彼女・・・ミーシアの為に率先してエスコートし始めた。結構やるな。
ほほえましいなー・・・。
必死なヨシュア。
彼女はヨシュアの理想の女の子。ヨシュアは自分の茶色にしか見えない髪を嘆いてた。クリスは綺麗な金の髪だしアンジェリカも、ラルフでさえダークブロンドだ。憧れの金色の髪を持って宝石みたいな瞳で家に来て挨拶した彼女に一目惚れするのも頷ける。
リサの髪を見て「一緒にされたくない」って言った暴言はしつこく覚えている。頭に鳥の糞落ちろバーカ、と思い出す度内心毒づいている。
「あいつ・・・」
あ、怖い声。怒ってる。
慌ててクリスの横顔を確認。クリスの肩が揺れ、今にも立ち上がって行きそうだった。
がっと両腕でクリスの腕にしがみつく。
「・・・リサ?」
戸惑う声は、怒りで震えていたその前より幾分かましだった。
「大丈夫。知ってる。アレはヨシュアの好きな子だから」
クリスに喧嘩なんてして欲しくない。ヨシュアの初恋も邪魔する気もない。
「何を言って・・・リサ。ヨシュアは君の婚約者だろ」
「口約束だし」
いや、実際はもうちょっと話は煮詰まってたけど。
「リサ」
咎める様に名を呼ばれる。私はぎゅっとクリスの腕を握って離さない。
クリスが自分の為に怒ってくれていたんだとしても、絶対。
「邪魔しちゃダメ」
リサ、って困ったように声がかかる。リサはしがみ付く腕しか見ていない。
「おいで。」
口調が厳しい。
立ち上がらせられたリサは腕から剥がされる。クリスはヨシュアを一瞥しリサの手首を掴む。ぎゅっと掴まれてびっくりしたけれど、ヨシュアの方じゃなく別な方向に歩き出したクリスにほっとした。
クリスはずんずん歩く。加減なしに掴まれる手首ちょっと痛い。
「どこいくの?」
「・・・・・。」
背中に語りかけるも返事はない。
何故自分だけ先に怒られなきゃならないのか、理不尽だ。リサは思ったけど、クリスが怒ってくれて嬉しいような気もしていた。
クリスは見慣れた道を歩いていた。だから、リサは家に帰るのだと分かった。から、安心して黙った。
祝日。おじさんとおばさんは夫婦仲が良いのでおでかけだ。
ラルフ兄さんも友達と遠出。
リサの父母は小さな店を開いているのでだいたい何時も居ない。
誰にも咎められる事無くクリスはリサを自室に連れ入った。