約束の時間
「・・・クリス?」
ここを出る前より大人びて、仕事で培った自信が大人しかった彼を逞しく見せている。と思うのは間違いでは無い筈。
サラサラの金髪。深い青の目整った顔立ち。本屋が似合う知的な美青年だ。クリスは。懐かしさより、全くの他人にあったような気さえする。
「ああ、元気だった?リサ。」
「うん。」
「・・・。」
「・・・。」
突然現れたクリスに、聞きたいことが色々あったような気もするが、何を聞いてもいけない様な気がして、言葉が続かなくて無言で見つめあう。
町を出てから初めての帰郷だ。
「その本。買うの?」
珍しくクリスから声を掛けてきた。ほっとして答える。
「うん。読むかまでは保障出来ないけど『釣り師デンデンの初級者入門書』。これ、私でも解りやすそうだったから。」
スカートをはたいて立ち上がる。
そっと、近寄ってきたクリスは記憶にあるより背が伸びていた。本を覗きこまれて、私の頭が肩に届かないのにも気付く。
「なんかね、釣竿をヨシュアに貰った」
俯いて本を軽く撫でた。
あいつは、って呆れたため息を落とすクリス。
クリスも本を買って帰るって言うので一緒に勘定をしに行った。彼は一度家に帰っていたそうで、リュックだけの軽装だ。
「決まったかい?」
おじさんに問われて頷く。本を出そうとしたら、ひょいって手の中のから取られる
「これ別に包んで下さい。」
店番のおじさんにそう頼むクリス。気の良いおじさんはそうかいって素早く包んだ。
慌てて財布を出そうと俯いている隙にクリスは勘定を済ませた。
「いくよ、」って腕を引かれて腕の中に本を戻される。
「え?え?クリス、いくらだった?」
「プレゼント。する。」
申し訳ない。嬉しいけど。だめだよね?
断りの言葉を紡ぐ前にクリスがまた口を開く
「その代り。公園。」
「公園?」
「行こう。」
公園。そんなの代わりにならないじゃないか。
困って見上げると。柔らかい笑顔に見下ろされる。とても懐かしい。クリスを見上げてるとまだ明るい太陽が眩しいよ。
「前に約束したよね。公園。一緒に行こうって。」
ああ、そんな気がする。でも、全然実現しなかったよ。
約束を実行する前に、クリスは都の賢い学校からの合格通知が届いて、クリスは首都の学校にいくだろうって皆がいってたけど、本当になって、町の人がびっくりしている内にさっさと居なくなった。
忘れた筈の昔を思い出して、ふてくされ半分。今更って思った。
「約束を反故にしたのはクリスが先」
ぶっきらぼうな言い方にも、何故か嬉しそうに笑うクリス
「だから、プレゼントで懐柔しようとしてるんだよ。それに、見送りにも来なかった。薄情なリサ。」
うっと詰まる。
だって。泣き続けて、寝付けなくて朝寝こけて・・・・見送り時刻を過ぎてた。
ショックで熱をだした馬鹿な自分は記憶の奥に封印したままでいたい。
王都に行けば一生帰って来ないと思っていたのはあながち間違っていなかった、クリスは今日この日まで帰って来なかったんだから・・・。
リサはあれから随分大人になったから。無邪気に子供みたいにクリスに今日帰って来た理由を聞けない。
いくら離れて月日が経っているとはいえ、クリスは迷いなく町の南方面にある公園にたどり着いた。
少しは憶えていてくれてるのかな、とリサはクリスを見上げて微かに笑う。
クリスは前を向いていて視線は交わらないけど、穏やかな空気は変わっていなくてほっと息をついた。
公園には屋台が出ていた。今日は祝日。元王の誕生月のお祝い期間で、町も浮かれる。
「へぇ、ここ、華やかになったね」
「今だけね」
「今だけ?」
期間が過ぎれば意外と閑散としているのだ。
ふーんと言いながら屋台を眺めているクリスの手はわたしの手を握っている。
人が意外に多くて、迷子になりそうになるという子供っぽい事をしてしまった。
ちなみに、私が持っていた本もクリスが邪魔だね。って持ってくれている。彼が背負う鞄の中に。
「もう、すぐ十八歳なんですけど」
小さく愚痴ってしまう。
「知ってる」
人混みの雑音にかき消されてクリスの声はリサに届かなかった。解せない顔のリサを連れてクリスはずんずん進んでゆく。
良い匂いの屋台の前。女の子が喜びそうな。ふわふわの揚げパンのお店。パン作りが得意な方のリサも流石にこの店のパンは作れない。一度揚げてみたら破裂してぐちょっとなった。
最近出来たばかりの人気の場所に目を付けるなんて、クリスこういうの慣れてるのかな?
揚げパンは大きくて分け合って食べるサイズだから、女の子達は友人と分け会うため数人で並ぶ。男子は大抵恋人と並んでいるからクリスとリサでも違和感が無いといえばないのだ、が、リサはなんとなく周りの目が気になって俯きがちになる、
「ひとつ」って注文したクリス。チラッと並ぶ後ろを伺えば、周りの女の子がクリスを見てちょっと見惚れてるのが解った。
「はい。リサ。揚げパン。熱いから気をつけて。」
「あ、好きなやつ。」色々な味のある中。甘いクリームの匂いふんわりした。
とろりと揚げたてのパンからはみ出すとろりとしたクリームはため息が出るほど美味しい。至福。
口元に差し出されたのでそのままかぶりついてもぐもぐした。だって、片手は繋いでるし。
「仲いいねぇ」
屋台のおじさんの声で我に返る
あわあわ言い訳を考える自分に、笑顔でなんてことないように「そうですか?ありがとう」なんて言い返すクリス。いつの間にそんな愛想よしになったんだ?
すっと、自然にその場を去れる所も大人な対応。
なんだろ、もやもや。私。子供だ。いつまでたっても。いや、確かクリスは五つ年上だから大人なんだし。私は・・・。
「まだ食べる?」
目の前にパンが差し出される。あ、と、口を空けかけ、いや、そのトラップにはかからないぞ、とクリスを見上げる。
「ん?どうかした。」
「もう、いい。よ。クリス、食べて」
言ってから、ああ、こういう半分こ、なんてのも子供っぽいなって思ったんだけど。クリスは「ありがとう」ってさらっと言ってパンを口に入れた。
「甘い」
「クリームだし」
「そうだね。」
不毛な会話だぁ~!
ボリュームのあるパンは意外と口に入れている間は無言になる。
無言で咀嚼しながらまたクリスがパンを差し出してくる。甘いと言っていたから一人では食べきれないのかな。甘い匂いの誘惑に負けて齧る。
そっと見上げたクリスが微笑んで自分を見ていて、急に恥ずかしくなって目を逸らした。
さりげに 都→王都 にしました。