勇者レイフ、冒険者ギルドから依頼を受ける
「なあ、いいだろ? 賢者どの。せっかくのウマい仕事なんだ! うんと言ってくれよ。」
懇願する様に言葉を重ねる彼の前で、賢者----ファムルタールは眉間のしわをよりいっそう深く刻む。
昼を過ぎて少しばかりののどかな時間帯。地元の人間もこぞって利用する冒険者ギルド内食堂の一角に、勇者レイフの一団はいた。
レイフは数日前から冒険者ギルドを通して依頼されている、ある案件の契約書を握りしめ、追いすがる様に昼食の並ぶ卓上へと乗り出す。
「なあ、あんたが目立ちたくないのも迷宮関連の依頼が嫌なのもわかるけどさ。今回は条件がいいんだ! 賢者どのの噂を聞きつけて、向こうもかなり譲歩してくれたんだよ。だからさあ」
「無駄ですわよ、勇者さま」
まくし立てるレイフに、それまで上品な所作でミートボールスパゲティを食べていた隣の聖女が冷たく口を挟んだ。
「賢者さまがこうなったらテコでも動かないのはご存知でしょう。この辺りにはしばらく居づらくなりますが、やはり私と勇者さまの二人だけで引き受けるべきですわ」
「そうはいうけどさあ……この件に限っては聖女ヒメリアどのと俺だけでは報酬は半減、割に合わない可能性だってあるんだぜ? 俺としてはぜひ賢者どのに頷いてほしいんだけど…」
ヒメリアが小さく小首を傾げて提案した内容に、レイフは抵抗する様に唇を突き出して反論する。けれどいずれそれ以外の道はないと諦めると、眼前のファムルタールに大きなため息を見せつけながらだらしなく座席へと座り直した。やさぐれた手つきで冷めた薫製肉にナイフを突き刺して口に運ぶ。
「せっかく今回は安全な迷宮内の案内だけっていう楽な仕事なのにさ。貴族からの頼みをにべもなく切り捨てるのは、世界中探しても賢者どのくらいだぜ」
彼が頭を悩ませるのは、この領を治める貴族、ブラドレイク公からの依頼だった。
世界を旅する勇者レイフ、聖女ヒメリア、賢者ファムルタールの三人が自領を訪れたと知ったブラドレイクは、領内のとある迷宮へと遣わす使者団の護衛兼案内役として彼らを指名してきたのである。迷宮といえば迷宮の賢者ファムルタールの右に出るものなし、と考えれば、この依頼はそう突飛なものではない。
しかし、ファムルタールは迷宮に関する依頼をことごとく嫌うのだ。これまでも、よほど凶悪なモンスターを擁するような迷宮や、タチの悪い罠に冒険者たちが悩まされる迷宮を除けば、調査や護衛の依頼はことごとく断り続けてきた。冒険者ギルド内では賢者の選り好みがとうの昔から暗黙の了解となっているほどである。
ファムルタールは、眉間のしわを指先でほぐしながら、重い口を開いた。
「安全な迷宮だからこそ、だ。それに二人が依頼を受ければ、冒険者ギルドへの義理も立つ。私が受けないというのは、冒険者ギルドだってわかっているはずだ。貴族だってそう圧力はかけられまい。」
「まあ、表向き使節団などと唄っても、迷宮主の調伏を狙ったものというのは明白ですものね。領主が代替わりしてからこの領では税収が落ちていると聞いています。あの迷宮の民ごと肥沃な土地を得る腹づもりなのでは?」
まさにファムルタールが抱く懸念を口にしたヒメリアは、肩をすくめてレイフのに向き直る。彼女の方は早々に賢者から助力を得ることを諦めていた。
「かような依頼といえども、私と勇者さまは冒険者ギルドに報いるべき身。一方で賢者さまは縁に縛られておりません。やはりいつも通り、二人で受けるべきだと思いますわ」
「う〜ん……」
腕を組み一言二言唸った後、レイフは勢いよく顔を上げてきっぱりと決断した。
「分かった! 本件は俺と聖女どので受ける! 依頼は案内と護衛だけ、きな臭くなってきたら離脱する! これでかまわないか?」
「ええ、そういたしましょう」
「……。」
満足げに返事を返すヒメリアとは対照的に、ファムルタールは不機嫌さを隠さず首肯した。その様子に、レイフは肩を落として恨みがましく言った。
「迷宮の依頼なんて、本当は俺たちこそ一番賢者どのを頼りたいもんだよ」
ファムルタールはその言葉を黙殺して、嫌な気分を押し流すように木杯をあおった。




