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賢者の迷宮  作者: うにどん
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迷宮の賢者

 迷宮と言えば、この世界に生を受けたものであこがれを感じないものは居ないだろう。

 元は魔物を生み出す地獄の入り口として忌避されてきたそれは、今ではあらゆる冒険者がこぞって攻略を目指す可能性の地だ。

 金銀があふれんばかりに産出されたという夢の鉱山や、砂漠のただ中で豊かな水資源を含む美しいオアシス、はたまたロマンあふれる古代遺跡を抱いた地下深い洞窟。いずれも世界で唄い継がれる迷宮主を調伏させて得た財産である。これまでの人類の歴史で迷宮主が調伏された数は決して多いものではなかったが、それでも迷宮の価値を人が知り得るには十分なものであった。


 私が迷宮というものにはじめて挑んだのは、駆け出しの冒険者としてあらゆる雑用を買って出ていたころのことである。そのころは、先達に学び認めてもらうため、必死になってベテランの冒険者の小間使いをしていた。食っていくのもやっとだったから、選んでいる暇もなかったともいえる。そうしてある冒険者の一団の荷物持ちとして同行したのが、最初に出会った迷宮だった。

 はじめの一歩から、その世界はひどく私を惹き付けた。迷宮内の環境は土地柄に大きく影響される。空間を創り拡張していく迷宮主が、土地を豊かにし活力を与えて支配するのだ。その迷宮は、数年前に上流におきた自然災害により川が枯れ荒れ果てたという場所に現れたものだったが、境界線を越えたとたん足下は豊かな命があふれる荘厳な湿地へと変わっていた。

 私たちの一団がその迷宮で目にしたのは、希少で効果の高い薬草が群生し、かつて素材に有用だからと乱獲されて数を減らした獣があちこちで巣造に励む、宝箱のような光景。もし唄われる冒険譚のように迷宮主を調伏せしめこの地を得る事が出来れば、品質の良い薬や衣類・防具の原料生産によりひと財産を築く事が出来る。当時私を雇った冒険者の面々も未だ見ぬ輝かしい未来に意気揚々と迷宮を進んだ。

 一方で、私は迷宮のもたらす富よりも、摂理を覆し世界を創り出す迷宮主への興味で頭がいっぱいだった。一団が巧妙に隠されていた罠にはまる時も、魔物からの攻撃に耐えていた時も、事前に用意していた地図がデタラメだとわかった時も、上の空で迷宮主という存在についてだけを考えていた。

 そもそも迷宮に私が感じるのは、浮わついた幻想や欲ではなかった。地に足がつくような、懐かしい空気を吸い込むような、そんななんともいえない気持ちだったのだ。


 そうしてこの一見以来、私は迷宮の魅力に取り憑かれて研鑽を重ねた。あらゆる環境の迷宮でも探索できるように、知恵も力も身につけ、なりふり構わずに迷宮に関する知識をかきあつめた。没頭するうち、周りの冒険者からベテランとみなされるようになる頃には近隣の3つの迷宮を調べ尽くしていた。

 けれどその頃の私は、今から考えればまだまだ青い若造でしかなかったといえる。研究成果のみを重視し、集めた資料の扱いには無頓着だった。乞われれば誰にでも人が進みやすい道を教えたし、魔物が避けるような魔力の薄い箇所を指摘した。自分の知識を披露するのが楽しい年頃だったのだろうとも思う。しかしその愚かな行為の結果として、私の調査資料を攻略の足がかりとしたかけだしの冒険者が、調査対象のひとつを支配する迷宮主を調伏するに至ってしまったのだった。

 当時身を寄せていた冒険者ギルドは湧いた。その冒険者が十人いても、一生攻略は無理だろうと揶揄されていたのだ。足しげく私の元へ通っていた彼が、私の入れ知恵で成功したと思われるのは自然だった。そして、その冒険者もうれしそうにそれを公言した。


 待ってくれ。

 私は迷宮主の調伏など望んではいなかった!!!


 はじめその報を受け取った時、ひどい罪悪感に強いめまいとひり付く喉の痛みを覚えた。

 完成された世界の一つが、私の迂闊さのせいでその均衡を失ったのだ。私が親愛を寄せていたかの迷宮主も、さぞかし悔しい思いをしているに違いない。他者に調伏された迷宮主はその支配下にはいるとともに領域を拡張し進化させる力を失う。世界を侵され踏みにじられた存在にとって、それは矜持でもあるのだろうと私は考えていた。迷宮主はこれから冒険者のためだけに迷宮を維持し、搾取され、そうして滅びるまで利用される。取り返しはもう、付かない。

 私は資料をかきあつめ、急ぎ身を隠そうとした。しかし、私が受け取ったのと同じ報はまたたくまに世界へと広まり、望まぬ名声が枷のように私の頭上に降って湧いた。どこにも逃げることはできなかった。


 ----人は私を、迷宮の賢者と呼ぶ。

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