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~Lion Kiss~  作者: 友崎沙咲
episode3
7/18

乱れる気持ち

***


眼が覚めると頭が痛かった。

あの後、泣き止むまで來也は私を抱き締めていた。

やがて泣き疲れた私はシャワーを浴び、またしても来也に服を借りて彼の提供してくれたベッドに潜り込んだ。

でも、眠れなかった。

いや、今目覚めたのだからいつの間にか眠っていたのは確かだ。


……瞼が重い。

今日が土曜日でよかった。

私は眼を閉じると、來也の匂いがする布団にくるまった。

……これからどうなるんだろう。

多分、治人さんとはもう終わりだ。もうきっと元には戻れない。

治人さんの憎しみに満ちた黒い瞳を思い出すと悲しかった。


ダメだ、瞼の腫れが辛い。

私はコメカミを押さえながらよろよろとベッドから出た。


リビングのソファから、長い脚が飛び出している。


「俺はソファで寝る」


そういや、そう言ってたな。けど、明らかにはみ出している。

私は床に正座すると、來也の綺麗な寝顔を見つめた。


……本当に綺麗だ。

男らしい眉と清潔そうな唇。瞳は閉じられているけど、美しい目元だとすぐに分かる。


「うわっ!」

「きゃあっ」


來也が急に眼を開けると、驚いたように叫んだ。


「なんだよ、ビックリさせんな!」

「だって、」


お互いに見つめ合っていたけど、先に來也がクスリと笑った。


「スゲー顔だな、お前」


私は恥ずかしくて両手で眼を隠した。


「……冷やしたい。保冷剤ある?」


來也は身を起こすと、私の背中に腕を回して引き寄せた。


「うわ、なに!」


床に正座していた私をいとも簡単に抱き上げて、彼は私もろともソファにひっくり返った。

密着した身体が温かい。


「な、や、離して」

「やだね」

「なんでよっ!変態っ」


來也が私を抱き締めたまま、至近距離から口を開いた。

唇と唇が触れそうになる。

ダメだ、死ぬ。


「俺は週末はいつも女を抱き締めて寝てんだよ。今ここにお前しかいないんだから仕方ねーだろ。黙って抱き締められとけ」


……なんて節操の無い男なんだ。


「誰でもいいのか、この変態」

「お前だって、初対面で俺と抱き合ったじゃねーか」

「だからあの時は彼氏もいなかったし」

「今もいねーじゃん」


地雷踏みやがったなっ!!


「いっ!!」


私は來也に頭突きを食らわせて、怯んだ彼の腕から抜け出した。

それから眉を寄せて睨み付ける。


「來也なんか、嫌い」


私がそう言と、來也は一瞬真顔になって私を見つめた。

構わずにツンと横を向くと、來也は笑った。

それから起き上がると、彼は冷蔵庫を開けてガラガラと音をたてた。


「保冷剤はないけど」


そう言って、氷を入れたビニール袋を私に手渡す。


「これで冷やしてろ」

「…………」


コクンと頷く私を見て、來也は私の頭にポンと手を置いた。


「なあお前、今日仕事休みだろ?一緒に出掛けようぜ」


私は速攻で首を横に振った。


「こんな腫れぼったい瞼で出歩きたくないし、靴が片方ない。化粧品もない。しかも服だって昨日着てたやつしかない。だからやだ」


來也は仕方ないといったように頷いた。


「……じゃあ……何か適当に買ってきてやるよ。一式揃ってりゃ大丈夫だろ。夕方には瞼の腫れもひいてるだろうから、それから出掛けようぜ」


……なに、少しは悪いとか思ってるわけ?

だから、身の回りの物を調達しようとしてくれるの?


「というわけで、俺はちょっと出るわ。腹減ってるならパンもあるし、冷蔵庫に卵や飲み物があるから適当に食ってろ」


來也は私にそう言うと、身支度を始めるためかバスルームへと消えていった。


*****


広いリビングで一人きりになると、私は膝を抱えてソファへ腰を下ろした。胸がグーッと圧迫されるような感覚に、思わず眉を寄せる。

食欲なんかなかった。


私は治人さんが好きだ。

けれど彼の愛は、私からすり抜けていってしまった。

私は、努力していたつもりだった。

料理だって頑張って勉強したし、掃除や洗濯だって一生懸命やった。

治人さんに似合う女性になりたかった。治人さんが連れてても恥ずかしくないように、身形にも気を使っていた。



『 早く脱いで。脚開いて、マヒル』

『五万円でキスさせたんだ?』

『お前もそこいらの女と同じだ!僕なんかちっとも見ていない!見てるのは有川物産の金だけだ!』


治人さんに浴びせられた言葉が蘇り、私は心臓を掴み上げられたような気がした。

無理矢理組み敷かれて身体を裂くように押し入られた感覚。

クラリと目眩がして、私は膝を抱いたままソファに横になった。


*****


「マヒル」



あれ……?これって……。

治人さんと同棲した初めての夜だ。

二人で料理を作りながらワインを飲んで……。

治人さんは、お酒が凄く弱い。


『マヒルはお酒が強いから、僕、頑張って練習したんだよ。いつか君のお気に入りのショットバーに二人で出掛けたくて』


治人さん……。

嬉しくて胸が熱くなった途端、驚く事に突然、治人さんが私を睨み付けた。


『売女』


……!!


「マヒル」

「治人さんっ」


目の前の来也を見て、私は自分が夢を見ていたのを知った。

冷や汗が全身から噴き出す不快感。

來也が驚いた顔で私を見ている。


「あ……ごめ……夢、見て」


そこまでしか言えなかった。

急に來也が抱き締めてきたから。


「な、によ」


來也は私を抱き締めたまま、艶のある声で囁くように言った。


「震えてる女を抱き締めないなんて、男じゃねーだろ」

「震えてなんか、ないし」

「うるせー。黙って抱き締めてられとけ」


……誰のせいだと思ってるんだ、コイツは。

私は來也の背に腕を回した。

もう、心が疲れててどうしようもなかった。逞しい誰かに寄り掛かりたかった。


いいや、もう。


「あったかくて気持ちいいから……しばらくこうしてて」

「……いいよ」


來也の優しい声が嬉しかった。


*****


午後七時。


「……お前、よく食うな」

「昨日の夜食べてないし、朝も昼も食べてないもん。

でももうお腹一杯。ご馳走さま!」


相変わらず私達は宮代の焼き鳥を頬張っていた。

來也が買いそろえてくれた化粧品と服、靴を履いて。


「なあ」

「ん?」


來也は箸を置くと私をジッと見た。


「お前さ、暫く俺の家にいろ」


は?


「……どうして?」

「今のお前、牙のない女豹じゃん。また有川がなんかしてきたらどうすんだよ」


私も箸を置いた。


「何にもしてこないよ。私を浮気女だと思ってるし、お前とは終わりだってハッキリ言われたし」


來也はかぶりを振った。


「……甘い」

「は?……てゆーかさ、あんた私を住まわすと都合悪いでしょ?」

「なんで」


……なんでって……。


「……來也は恋人がいるでしょ?翔吾くんが見たっていってたし」


瞬間、來也が私から眼をそらした。


「……別に特定の恋人とかいねーし。それに不憫なお前を放り出すのは男としての俺のモラルに反するしな。しかも俺たち最初からあんな出逢い方で全然知らねえ間柄でもないし、訳ありっちゃ訳ありなんだから暫くは置いてやるって。……もう帰るぞ。明日の朝飯の材料買って帰ろうぜ」


私は眉をあげた。


「それって、私が泊まる設定で話してる?」

「そうだけど?」

「……やらしいこと考えてないでしょうね」

「やらしいことって?」


來也が口角を上げて私を見た。


「お互いにフリーなんだから、やらしいことしたっていーだろ」

「……やだ。それならホテルに泊まる」


來也が私を見つめてフッと笑った。


「お前とヤる程飢えてねーわ」

「……」


なにも言い返さない私を見て、來也は私の顔を覗き込んだ。


「あれ?傷付いた?それとも……一緒に過ごすとお前が俺を誘惑しそう?」


私は黙って首を振った。

……もう來也を誘惑するような真似はしない。

だって來也と一緒にいてももう、彼を裁きたいという気持ちは微塵も起きなかったから。


*****


買い物から帰ってからも、來也は楽しそうだった。


「お前、朝はパン?それとも米?」


ダイニングテーブルに買ってきた食材を置き、冷蔵庫を開けると來也は私を振り返った。


「來也」

「ん?」


少し斜めから私を見た顔が素敵だ。

……なんなんだろう。なんで私はこんな美形の男前とここにいるんだろう。何だかんだで訳ありだから?けど、彼は恋人じゃない。

私の恋人は……私を信じてくれなくて、無理矢理に……!


またしても、胸が苦しくなってきた。

それに伴い、落ち着いていた感情が激しい風に波立つ水面のように揺れ始める。


なんで、私だけがこんなに苦しいの?

なんで來也は楽しそうなの?

だめだ、私は今、おかしいんだ。狂っているのかもしれない。

情緒不安定なのは間違いない。


「來也の事じゃないから一緒に悲しんで欲しいとかじゃない。けど、なんでそんなに楽しそうなの?」


來也の優しさに感謝してるのに、治人さんと別れた原因の一端が来也にもあると思えて仕方がない。

私の固い声に來也は動きを止めた。


「マヒル」

「來也のせいじゃん、責任感じないの?本当に、お金に眼が眩んだ私だけのせいなの?私にキスした來也に責任はないの?写真撮ったのは誰?どうして來也はその事についてなんにも言わないの?」


來也が小刻みに首を振った。


「マヒル」


ポロポロと涙がこぼれたけど、私は話し続けた。


「來也はこうして行く宛のない私を家に入れてくれて、凄くありがたいと思ってるよ。けど、けど」


來也は私の傍まで来ると、私を引き寄せて自分の胸にそっと抱いた。


「ごめん」


來也は囁くように言った。


「ごめんな」


私は変だ。酔ってるのを差し引いても変だ。

神様も來也も、ぶっ殺してやりたいくらいムカつく。

けど無神論者じゃないし、むしろ神様の存在を望んでる。

それに來也に抱き締められるのは、嫌じゃない。

嫌じゃないどころかひどく安心する。なのに、恨みが口を突いて出てしまう。

私は多分、頭がおかしいんだ。けど、どうしようもない。


「來也、私、辛い。治人さんが好きなの」


來也の身体がビクリとした。


「あいつは……ダメだ」


「……分かってる。分かってるよ。けど悲しいの」


私は來也にしがみついた。


「もう寝ろ。眠るまで付いててやるから」

「……眠れないよ。お酒ちょうだい」

「ダメだ。もう今日は飲むな」


言うなり來也は私を抱き上げて、寝室へと足を進めた。

ベッドに下ろされたけど、私は來也の首に回した腕を解かなかった。


「一緒に寝て」

「……マ、」

「隣にいて。だけどへんなとこ触らないで」


來也がクスリと笑った。


「何だよ、自意識過剰かよ」


ベッドの中で來也が私を腕の中に囲った。


「來也」

「ん?」

「明日はソファで寝る?」

「ああ。じゃないと……非常識だしな」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべる來也に、私もニヤリとした。


「ダメ。明日もこうして寝て」

「え?」


來也が一瞬だけ動揺した気がした。

私は構わずにそんな來也の瞳を覗き込んだ。

クッキリとした二重の、涼しそうな眼。瞳の色は焦げ茶色。

來也は私を食い入るように見つめて返事を返さない。


神様、ぶっ殺すなんて言ってごめん。

悪いのは私だって分かってる。


「……ワガママ言ってごめん。でも、今日だけ、許して……」


私は來也の胸の中でそっと眼を閉じた。


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