プロポーズした翌日に(泉目線)
「あら?」
「陽子さん、お疲れ様です」
ゆりさんの会社の近くのカフェで、コーヒーを注文したところに、陽子さんと遭遇した。
「もしかして、ゆり待っているの?」
レジに並んでいた陽子さんが、僕の隣に立つ。
「はい、もし仕事終わったら一緒に…」帰れないんじゃない?」
僕が言い終わる前に、彼女はそれを遮って否定した。
「ゆり、仕事かなり遅くなるわよ?」
「そう、ですか…」
分かってはいた。仕事の内容までは詳しく聞いていなかったが、引き継ぎで忙しいことは知っていたから。
でも、それでももしかしたら…と、淡い期待を抱いていた自分に、陽子さんは止めを指す。
「合鍵、持ってないの?」
陽子さんが言った。
「………」
持っていない、と言うのが正直悔しくて、僕は微笑んで誤魔化した。
「吹成くんも、まだゆりの信用を得てないってことかな?」
「え?」
“も”と言われると、前の彼氏の存在がちらついて、胸がざわつく。
僕の反応を愉しむように、陽子さんが続けた。
「あれだけ好きだった前の彼のことでも悩んでたからね。そういえばこの間、プロポーズされてたわね」
「………ぇ?」
(プロポーズ?)
昨日の朝、プロポーズしたのは自分だ。
でも、前の彼氏からもプロポーズされていた?
愕然とする僕に、陽子さんが口許を緩める。
「あ、聞いてない?まぁ、言うわけないわよね?君に嫌な思いさせちゃうもの。」
それをあえて僕に話す貴女は、本当に僕が邪魔なのですね。
「大丈夫、断ったわよ。即答ではなかったみたいだけどね」
陽子さんは、そう言うと自分が注文していた飲み物を受け取り店を出ていく。
「じゃあ、私は帰るわ。さよなら」
「はい…」
それだけ応えて、僕は次にコーヒーを受け取り店を出る。
…ゆりさんのことが、分からなくなった。
プロポーズしたとき、彼女はなぜ頷いてくれなかったのだろう。
前の彼氏にプロポーズされたとき、彼女はなぜすぐに断ってくれなかったのだろう。
…ゆりさんのことが分からなくなった?
そうじゃない。余裕のない自分が、彼女を追い詰めているだけだ。
自分を客観視しているもう一人の自分が、嫉妬している自分に語りかける。
『好きだよ、泉…』
僕の腕の中で、彼女にそう言ってもらえるだけでも…―――あの、片想いの頃からしたら夢のような現実なのに。
―――自分の中の独占欲に、歯止めがきかない。
自分だけのゆりさんで居て欲しい。
誰にも渡したくない。
もっと近くに、僕以外の誰にも触れられないところに…。
こんな自分の…醜い気持ち、彼女には知られたくない。




