業務中
「――――…夏海さん?」
「…はい…?」
呼ばれて横を向くと、引き継ぎしてくれている木咲さんと春田くんが私をじっと見ていた。
「あ…。すみません…」
二人の視線から、さっきから何度も呼ばれていたのだと察して、私はすぐに頭を下げる。
引き継ぎの途中なのに、さっきから全く内容が入ってきていなかったのだ。
「―――とりあえず、これで全部業務は引き継いだけど?大丈夫かしら?」
木咲さんが心配そうに言う。
「あ、はい」「ありがとうございました」
私と春田くんがそう言うと木咲さんは席を立つ。
「―――ゆり、ちょっと」
木咲さんが居なくなったところで、春田くんが声をかけてきた。
私は、春田くんの後をついてフロアーを出る。
「お前…大丈夫?」
人気のないところで立ち止まると、春田くんが言った。
「ごめん…」
業務中なのに集中出来ていなかったことに、私はしゅんとして謝る。
「なんかあった?」
「えっ…いや、何も――――」
春田くんが突然聞いてくるから、私は動揺しながら答える。
でも、そう答えながらも思い出すのは今朝のプロポーズだった。
「…何もないって顔かよ…」
「え?」
また聞いていなかった私は、春田くんに聞き返す。
「…隙だらけ」
素早く距離を縮めて、私のすぐ近くに顔を近付けると、春田くんがボソッと耳元で言った。
(ちょ…っ!?)
私は、すぐに手で耳を押さえる。
「どーせ、彼氏のこと、考えてたんだろ?」
春田くんは不機嫌そうに言う。
「そんなに、彼氏が好きなの?何がそんな良いわけ?」
「春田くん?」
責められているような口調に、私は戸惑う。
「なんで俺じゃダメなんだよ…っ」
春田くんが突然、バンッと音を立てて壁を叩いた。
(え…?)
ビクッと首をすくめた私に、春田くんが背を向けて言った。
「悪ぃ、今のは八つ当たりだよな…」
「………」
「先戻ってて、俺少し頭冷やすわ…」
かける言葉が見つからず、私は春田くんに背を向けて自分のデスクへと戻る。
『なんで俺じゃダメなんだよ…っ』
壁を叩きながら、春田くんが言ったことば。
聞き間違いでなければ、彼はそう言った。
(え?―――え…?)
顔に手を当てながら、私は早足で戻る。
ドクンドクンと心臓の鼓動が早い。
鈍感な私でも、さっきのは“冗談”ではないということぐらい、分かる。
(春田くんが、私を…―――?いつから…?)




