復活したその日に
「おはようございます、ゆりさん」
「………」
(あれ?泉…風邪は?…熱は?)
まだ半分眠っている頭で、私はそんなことを思っていた。
ソファーで寝ていた私の目の前に、いつもの笑顔の泉が見下ろしていた。
「仕事、遅れますよ?」
「あ…っ」
時計を見て、支度をしようと身体を起こす。
コーヒーの香りが、すでに朝食の支度が整っていることを教えていた。
「なんでリビングで寝てるんですか?添い寝してくれてると思ったのに」
向かい合って座り、朝食をとっていると泉が言った。
(言えない…っ。一緒の布団で寝てるとエッチな気分になってしまったから…なんて。)
飲んでいたコーヒーを吹かないように、私はゴクッと飲み込み、パンに手を伸ばしながら然り気無く答えた。
「泉が一人の方がよく寝れるかなと思って。私のベッド狭いし。でも、一晩で回復して良かったね!もう大丈夫?」
早口で答えて話をそらす私に、泉がゆっくりと返事をする。
「大丈夫ですよ。それより、」
じっと見つめる泉の視線を感じて、私は顔を上げられずにいた。
「起きたらゆりさんが隣にいなくて、寂しかったんですけど?」
(私だって…寂しかった…)
だけど、それを口に出したら自分の下心まで悟られる気がして、私は何も言えなくなった。
「今日も、遅くなりますよね?」
朝食を食べ終わり、鞄を持って玄関に向かおうとした私に、泉が聞いた。
「…あ、うん。多分」
(まだ引き継ぎとかあるしな…―――)
私はそう答えながら振り返る。泉が寂しそうに微笑んでいた。
「僕、明日は大学ですから、…今晩20時ぐらいには帰らないとならないので…」
泉に言われて、今日泉が帰ってしまうということに初めて気付いた。
(帰っちゃう…んだ。そっか、そういう話だったよね…)
火曜は大学だから、居られるのは水曜から月曜までだと以前に聞いていたことを思い出す。
一緒にいることが、当たり前になってたんだと今になって気付く。そしてそんな自分に、驚いていた。
「どこかで夕食をご一緒出来たらと思ったのですが…無理ですよね?」
「…多分」
無理だとすでに分かっていたけれど、そうは答えたくなくて私は曖昧な返事をしてしまう。
「ですよね、じゃあまた明後日に」
諦めた表情で、泉が言う。
「…うん」
寂しいけど、また明後日には東京に来てくれる。
会えないのは、明日一日だけ。
(なのに、なんでこんなに切ないの…――――。)
「ゆりさん?そんな可愛い反応されると…帰りづらいですよ」
玄関先で、うつ向いていた私を、泉が突然抱き締めた。
「えっ?」
気付いたときには彼の腕の中で、戸惑いながらもその温もりに心は癒される。
「いっそのこと、結婚でもします?」
突然、私を抱き締めたまま、泉が言った。
「なっ…」
(結婚?――――私と?泉が?)
私は驚いて、思考が停止する。
それは冗談?それとも…――。
「僕が就職したら、結婚してください。ゆりさん」
腕の力が緩まり、顔を見上げた私に、泉が改めて言った。
その眼差しは真剣で、私は本気なんだと確信して余計に言葉につまる。
「ゆりさんは僕と一緒に暮らしていくのは嫌ですか?」
泉が、すごく切ない表情を私に向ける。
「嫌なわけないでしょう?」
私はすぐに答える。そんな風に聞かれて、つい怒り口調になってしまった。
(どうしていつも、そんな弱気なのよ…っ)
「良かった」
泉がホッとしたように微笑む。
まるで、私がプロポーズを快諾したかのように。
「え、ちょっと待ってよ…」
(一緒に暮らしたいけど…。“結婚”って、そんな簡単に話を進めて良いものではないよね?)
「あ、とりあえず、時間がないから私行かなきゃ!!」
混乱した私は、時間を理由にその場から逃げることにした。
「あ、ゆりさん!」
玄関で靴を履き終わった私に、泉が後ろから声をかける。
「お弁当とーーーー」
お弁当の入ったバッグを渡しながら、玄関のドアに手をついて私の行く手を阻むと、
「いってらっしゃいのキス忘れてますよ?」
泉がそう言って、私の唇を優しく塞いだのだった。




