言わないけど分かる
陽子も帰ってしまい、私は部屋に一人になった。
元々私が一人で住んでいるこの部屋に、今一人でいるのが驚くほど寂しく感じた。
(片付けでも、しよう…ーーーー)
何かしていないと、落ち着かなかった。
「ただいま帰りました」
玄関から泉の声がして、ドキンと胸の鼓動が激しく打つ。
「…おかえり」
――――帰ってきた泉の顔を見たら、寂しさを感じた理由がわかった。
(どうしてこんなに、大きいのかな…ーーーー)
彼の存在の大きさに、私の心を占める割合の大きさに、
私は改めて気付かされる。
「…―――寂しかったですか?」
そんな切ない気持ちを隠してじっと泉を見ていたら、なぜかクスッと微笑む。
「ぜ、全然?」
平静を装い、私は座ってテーブルの上の片付けの続きをしていると、
「…聞かないんですね」
泉が聞き取れないくらいの声で何か言った気がした。
振り返って立ったままの彼を見上げると、泉と目が合う。
「春田さんと…二人で大丈夫でしたか?」
「あ、あれは冗談だったんだって!ほらやっぱりからかわれただけだったじゃない?」
テーブルを台ふきんで拭きながら、私は目をそらして言う。
突然そんな気まずいことを聞かれてか、早口になっていた。
「………ゆりさん」
目をそらした一瞬のうちに、いつの間にか泉が私のすぐ後ろに座っていた。
私の頬に、手が伸びてきて…泉の整った顔が近付くと、私はそっと目を閉じた。
―――…だけど待っていても、唇に落ちてくるはずの感触がない。
そっと目を開けると、泉がじっと私を見下ろしていた。
(キスじゃなかったのか…っ!うわ…は、恥ずかしい)
ぶわっと赤面しながら、私は顔をふせる。
(わーもう、恥ずかしすぎて死にたい!)
意地悪されたんだと思った。キスされると思ったらしてくれなかったから。
「泉…?」
私の反応を見ていた泉に絶対からかわれると思った。
でも、泉は何も言わなかった。
「髪に、糸屑ついてますよ?」
泉がそう言って、頬から髪へと手を滑らせるようにして触れる。
(―――…違う。本当はそうじゃないよね…)
「取れました」
泉はそう言うと、私に背を向けてごみ箱へと向かう。
(泉は気持ちを誤魔化している。私には分かる、泉が私を見つめるその表情から…口にしなくても分かるのよ。)
本当は、昨夜からずっと気付いてた。
(私とキス、したくないんだよね…?)
昨日のキスを…泉が気にしてること。
私のことを責めずに、自分の心の中で葛藤していること。
泉が東京に来てから四日目になる。
それなのに、忙しくてキスすらしてなかった私達。
夜は仕事でくたくたに疲れてろくに話せず、すぐに寝てしまう私。
朝はぎりぎりまで寝かせてくれる泉。
近くにいることに甘えて、愛情表現なんてしていなかった。
―――だから昨日…春田くんにキスされたのを見られて。
(私にとっては“犬に噛まれただけ”の出来事でも、泉はそんな風に割りきれた?)
『余裕なくてすみません…』
(余裕がないのは…私のことを本気で想ってくれている証拠、でしょう?)
「泉…」
(そんな表情させて、ごめん)
私は、泉を追いかけて、後ろから抱き締めた。
「キス、してもいい?」




