彼女の同僚(泉目線)
彼女の部屋から押し出されるように外へと出た僕と、僕を押し出した張本人である、彼女の会社の同僚で友人の陽子さん。
奇妙な組み合わせで、買い出しへと出ることになった。
「ごめんなさいね、こんなこと頼んで」
「…いえ」
ショートヘアーの黒髪が似合う、どこか掴めない雰囲気を持つ陽子さんに、僕は愛想笑いで返す。
「ゆりの居ないところで君と話をしてみたかったのよ」
さっきまで酔っぱらっていたような喋り方をしていた人とは思えないほど、ハッキリとした口調だった。
「…そうじゃないかと、思っていました」
そうでなかったら、この不自然な組み合わせは成り立たない。僕が敢えて従ったのは、陽子さんが僕に用があるからではないかと思ったから。
「あら?気付いてた?」「なんとなく、ではありますが」
陽子さんが意外そうな表情で、僕を見る。
僕が苦笑いで返すと、陽子さんはにっこり微笑んで口を開いた。
「じゃあ、単刀直入に聞くわ。――――偶然再会した、なんて“嘘”でしょう?」
夜の道は街灯の光で、かろうじて足元が見える。
だから陽子さんの表情は、僕には見えなかった。
「東京で偶然再会した、なんて出来すぎた話、私には信じられないわ」
淡々と話し出す彼女の言葉を、僕は黙って耳を傾ける。
思い出すのは、あの日…街で偶然見かけたゆりさんの姿。
「それも、ゆりが失恋した直後に。」
(ゆりさん…やっぱりあの日彼氏と別れたばかりだったのか…。)
あの日映画館で泣いていた理由は、結局知らずに過ごしていた。聞けなかった。聞いてもお互い、プラスな状況になるとは思わなかったから。
「――――本当に、偶然なんです」
僕は立ち止まり、陽子さんの方を向いてハッキリと答えた。
あの日見かけたのは、本当に偶然だった。
ゆりさんを忘れたことはなかったけれど、捜していたわけでもなかったのだから。
「じゃあ聞くけど、その日からゆりの家に転がり込んだのはなぜ?下心とかなかった?」
「…―――無かった、とは言えません」
自分は彼女にとって、“元彼の親友”という肩書しか持っていなかった。
それ以上でもそれ以下でもない。
彼女の目に映る自分は“高校時代の後輩”。それが分かっていたから。
「ゆりさんは…僕の初恋だったんです。高校時代からずっと好きでしたし、彼女は僕の“特別”でした。…再会してその気持ちを再確認したんです。」
だから彼女の中の自分が、“後輩”ではなくて“男”として認識してもらえたら…、そうなれたら良いのに…という想いは、再会した時から会えなかった時間も加算するように…、一気に膨れ上がった。
「それで居候して、ゆりの心の中に入り込んだわけ。ゆりの優しい性格を利用して」
(そう。僕はゆりさんの優しさにつけこんだ。)
それを声には出さずに、陽子さんの言葉を受け取った僕は、逆に彼女に訊ねる。
「…―――陽子さんは、何がおっしゃりたいのですか?」
ゆりさんの仲の良い同僚。僕はそれしか彼女のことを知らない。恐らく彼女も、僕のことを“高校時代の後輩だった”としか聞いていないはずだ。
それなのに陽子さんの先程からの棘のある言い方は、何も知らないはずの僕にすでに敵意を持っているとしか思えなかった。
「物事には手順が必要よ。―――春田はね、入社した時からずっとゆりのことが好きだったわ。」
陽子さんはゆっくりと歩きながら、話し出す。
「入社したての頃、ゆりは『恋愛はしない。もう傷付きたくないから』と言っていたから…私も春田も、ゆりが徐々に心を開いてくれたらと思っていたのよ」
話を聞く限りでは、陽子さんは悪い人に思えなかった。
ゆりさんのことを想っていてくれていると、話し方から感じた。
「だけど、新城さん…あの人がゆりに声をかけて…。知らないうちに、ゆりは…ーーー。」
―――“新城さん”というのが、どうやらゆりさんの元彼の名前らしい。陽子さんは忌々しそうに、言葉を切る。
「本当なら新城さんと別れた後、春田と付き合うはずだったのよ。それを君が横から奪ったの。」
「つまり陽子さんは、春田さんとゆりさんをくっつけようとしていたわけですね?」
(春田さんがゆりさんを好きなことは、昨日確信した。あの男がゆりさんの首にキスマークをつけたことも。)
「そうよ。ゆりのためにね」
陽子さんは力強くそう言ったが、僕からしたら、それは勝手な思い込みでしかないと思う。
(なぜ、春田さんと付き合うことが、ゆりさんのためになるんだろう…。ゆりさんの気持ちを無視して。)
「それは…ーーー春田さんが、陽子さんに“認められた男”、だからですか?」
「あの二人が私の理想なの。だから、邪魔して欲しくない」
険しい表情で、陽子さんが言った。
まるで、別れろと言っているように聴こえた。
(―――…陽子さんの理想?)
陽子さんは、春田さんのことが好きなのではないか…?という疑問が浮かんだが、僕はあえて口に出さなかった。
「ゆりさんを手放せと?」
「君なら、他にもいい子が寄ってくるわよ。イケメンだし」
その口ぶりは、ゆりさん以外の女にしなさいと言っている。
「困りますね。」
僕は溜め息をつく。彼女以外の女なんて、考えられるはずがない。だから、困る。
「僕はゆりさんを手放す気は全くありません。陽子さんにも認めていただきたいのですが、どうやら春田さん以外は全く“受け付けない”ようですし」
「その通りよ。私は君を認めないわ」
だから、困る。
(それは貴女の意地、…ですよね?)
陽子さんの気持ちは、春田さんもゆりさんも知らないのだろう。
僕は並んで歩きながら、そう考えていた…――――。




