会社の前で(吹成泉目線)
「今日も残業…か」
(自分も仕事をしていたら、彼女の気持ちを分かるだろうか)
静まり返っている部屋に、カチカチと音をたてる時計。
時刻は22時。
仕事をしているゆりさんの邪魔をしないように、僕からかけることはない、携帯電話を手に家を出た。
会社の近くまで行くと、ちょうどゆりさんが会社のエントランスから出てくるのが見えた。
「ありがとね、春田くん」
「いや俺はたいしたことしてないし」
ゆりさんに声をかけなかったのは、隣に知らない男性がいたから。
親しげに話している男に、僕は静かに嫉妬した。
僕が入れない会社の中で、彼女と同じ時間を過ごせる彼に。
少し離れたところで俺は二人が会社から出てくるところを見ていた。
「じゃ、これから俺の歓迎会してよ」
ゆりさんの肩に手を回して、男が何か言ったのが見えた。
「え、それは…」
戸惑うゆりさん。
でも、手を回されていることは、拒絶していない。
(どうして?ゆりさん…、手を払い除けてよ…)
二人の仲が、どのくらい良いのか…。もしかして、あれが元彼なのか?自分の頭の中はマイナスなことばかりが浮かんでくる。
「ごめん、私…彼が待ってるから早く帰らないと」
「なんだよ、せっかく手伝ったのに」
「本当ごめん。今日のお礼は今度させて?」
暫く言い合うようにしていた二人。
そしてゆりさんが何か言った矢先、彼が肩に回していた手をゆりさんの後頭部に移動させ、顔を近づけた。
「な…っ」
我慢できなくなって、二人の前へと早足で出ていく。
頭に血がのぼる感覚は初めてだった。自分の中にもこんな感情があったんだな、ともう一人の自分が客観視していた。
ゆりさんは、僕の姿に気付かずに口元を手で押さえたまま絶句していた。
「お礼はこれでいいよ」
顔を離した男がにこやかに言ったところで、僕はその男に掴みかかる。
「今、何した?」
怒りで自分を抑えることが出来ない。声が低くなる。
「ゆり?…こいつが?」
僕に胸元を掴まれたまま、その男が苦しそうに声を出す。
ゆりさんは、何も言わなかった。
何も言わずに、大きく見開いた目から、涙を流していた。
(どうして?ゆりさん…払い除けてよ…)




