私の気持ちに対する彼の応え
「どうしてそんな表情してるんですか?」
家に入るとすぐ、泉は私を寝室へと連れ込んだ。
私は何も言わず、泉に身を委ねた。
お互い会えなかった時間を埋めるように抱き合って、温もりを感じ合った。
だけど、頭の片隅に努からのプロポーズのことがあった。
彼はもうすぐ、アメリカに行ってしまう。
本気で好きだった、私をもう一度恋ができるようにしてくれた人。
私のことをいつも考えてくれて、あの時も、
『少しでも神田さんに気持ちが揺らいでしまったからこのままゆりとは付き合えないと思った』と別れを切り出したあの時の努の心境を、私は昨日聞いたばかりだった。
「泉…好きだよ」
同じベッドに布団に包まるようにして、私たちは裸のままだった。
私の頬を優しく触れてくれていた泉の手に、私はそっと手を重ねながら言う。
私の言葉に、泉は苦笑いを浮かべた。
そして切ない表情で、私の方を真っ直ぐに見つめて言う。
「話してくれませんか?…――――ゆりさんが今、不安に思っていること」
それはまるで、私が地元に…泉のところに来た本当の理由を、“話して欲しい”と言っているように聴こえた。
「泉…」
(本当は遠距離がツラい。ずっと泉と一緒にいたい)
そうすれば努のことも過去にできる気がする。
泉が傍にいてくれたら。
だけど私はそれが言えないでいた。
きっとそれは泉を苦しめてしまうから。
それは私の我儘で、現実にはどうすることもできないと解っているから。
「私、泉が好き」
だから私は“好き”だとしか言えない。
貴方が好きだから。負担になりたくない。
「僕もゆりさんが好きですよ?」
私の言葉に、泉は切ない表情のままそう応えてくれた。
「…今日はもう帰ってしまうんですよね?」
「うん…」
「来月逢いに行きます。あと二週間ですね」
泉が部屋に掛かっていたカレンダーを見ながら言う。
(一昨日もそう言って、私は泉に手を振って別れたのに…たった二日でまた逢いに来てしまったんだ…)
自分が思うより、泉に依存していることに私は気付いた。
「ゆりさん、泣かないで…」
泉の大きな手が、私の涙を拭ってくれる。
何度も、頬を伝う涙を。
「私…ツラいの…」
胸に秘めたまま、言わないつもりだった言葉の一部が、
口から嗚咽と一緒に出てきた。
「ゆりさん、」
「…ーーー逢えないのがツラい」
泉が私の涙を拭いながら、そっと言った。
「僕も、凄く辛いです。ゆりさんに毎日逢いたいのを我慢してますから」
(泉も…ーーー私と同じ気持ち…?これは…――この気持ちは“重くない”?)
私は緩んだ涙腺のまま、泉を見る。
「だからあと半年…待っていてくれませんか?」
困ったように微笑みながら、泉が私にそう言った。
「半年?」
(それは大学卒業する3月ってことよね?)
「はい。あと来月から火曜以外は講義もないので毎週通えます」
「え?」
泉が私の止まった涙に、ホッとしたように微笑んで言った。
「毎週、水曜から月曜まで居候させてください」
(泉って…ーーー本当にズルい…)
“遠距離がツラい”と泣いてしまった自分が恥ずかしくて、
私は目をそらして黙ってただ頷く。
「今日は来てくれて嬉しかったです、ありがとうございます」
チュッと額に、瞼に口付けてからギュッと私を抱き締めて、幸せそうに泉が言う。
「だ、だから出張のついでに寄っただけで…」
こんな可愛くない私を、泉は愛おしそうに見つめてくれる。
そして素直じゃないこの唇に、泉が蓋をする。
「――――…ゆりさん、可愛い」
さんざん塞がれてた唇がようやく離れて、赤面したままの私に、泉はトドメを刺す。
(あぁ、本当に…泉ってズルいよ…っ)




