大学の友達
『私この間東京で偶然見かけたの、男の人とホテルに入るところ』
……――――奈津美の言葉が何度も繰り返される。
それはきっと、ゆりさんが終電を逃したと言っていたあの夜のことだろう。
(“友達に泊めてもらった”と言っていたのは、男だったということだ。)
彼女は、浮気するわけない。
分かっているのに、男と泊まったという事実はどうしても許すことが出来なかった。
(これが“嫉妬”か…―――――)
自分がこの感情を持つなんて、夢にも思わなかった。
それはゆりさんと付き合えると思わなかったから、ということでもある。
「吹成?」
気が付くと大学の講義が終わって、周りの生徒が席を立ち始める。
「吹成っ!」
僕の顔を覗き込むように、市田マサルが話し掛けてきた。
「あ…ごめん。何?」
開いたままのテキストを閉じながら僕が返事をすると、
「どーしたんだよ、お前。講義中も全然ノートとらねーし」
大学で知り合った同じ学部のマサルは、口は悪いけど面倒見がよい。
…―――まぁ、お節介なところもあるけれど、明るく人望のある男だ。
「別に…」
僕はマサルと仲が良くなり、同じバスケサークルにも入っていた。
だけど、たまに放っておいてくれと思うときもある。
――――特に、恋愛面では。
「あ、もしかして!例の遠距離の彼女と別れたのか?」
「…――まぁ…」
僕が曖昧に頷くと、マサルはなぜか嬉しそうにパァァッと表情が明るくなった。
(そういえば、奈津美と別れたことも、ゆりさんと付き合い始めたことも言ってなかったな)
マサルの言っている“例の遠距離の彼女”は奈津美のことだと、僕はわかっていた。
「え、マジか!じゃあさ、今夜合コンあるんだけど、吹成も「いや、彼女はいるよ」」
マサルが合コンの誘いを言い終わる前に、僕は訂正する。
「え?別れたんだろ?」
「…―――」
(説明するの、嫌だな…)
「え、お前…。もう次のオンナいるのかよー」
僕が黙っていると、マサルが何かを察したらしい。
ガッカリしたような表情でため息をついた。
(本当に忙しい人だ…ーーー)
そんなマサルが可笑しくて、僕はつい笑ってしまった。
「あ、余裕の笑みかよこのヤロー!やっぱイケメンはモテるなー、チェッ」
勘違いしたのか彼に睨まれたが、僕は特に反論することもなく席を立つ。
「吹成、今日はもう終わりだろ?今から彼女に会うのかよ?」
「いや、彼女…遠距離だから」
「また?お前近場にこんなたくさん可愛い子いて、しかも告られたりしてるのに、なんでまた遠距離なオンナ選ぶかなー?」
マサルはゆりさんのことを知らない。
僕がゆりさんをどれだけ好きか、知らない。
知らなくていい。
「今日は、バイトだよ」
僕はそう応えて、マサルと別れた。
マサルのため息が後ろから聴こえてきた気がした。




