謎の先輩(葉月目線)
「―――え?」
高校一年の夏、バスケ部の合宿の夜のことだ。
同じクラスで同じバスケ部の三輪彰太が出してきた話題を、俺は思わず繰り返す。
「なんで“吹成先輩が誰とも付き合わないのか”って?」
「うん、気にならね?」
布団を自分達で引きながら、一年は全員広間で雑魚寝。
他の一年は枕投げでもするテンションらしい。
そんな浮わついた雰囲気の中で彰太が俺の意見を聞こうとする。
「あー言われてみれば確かに…」
吹成先輩というのは、三年生の、バスケ部の部長。
吹成先輩と聞いて思い浮かぶのは、華麗なレイアップシュートとスリーポイントシュート。
でも俺が知ってる吹成先輩は、バスケをやってるとき限定で。
言われてみれば、彼女とか居そうなもんなのに聞いたことも見たこともない。
「あれだけのハイスペック、女子が放っておくわけねーし」
「お前は女子か」
彰太が俺の呟きにツッコミつつ、
「―――でも好きな人とかいるのかもな」
と言った。
「ああ、それなら納得だな」
彰太の仮説に、俺は頷く。だけど、それでも疑問は残る。
「でも、吹成先輩に言い寄られて、断る女子が居るとは思えねーな」
「だな。告れば一発でオッケーもらえるだろうに…」
俺と同じ見解だったらしく、解けない謎に彰太もスッキリしない表情だ。
「「謎だ」な…」
彰太と俺の声がシンクロして、夜は更けていった。
翌朝、朝練が始まる前の朝食の配膳中、吹成先輩の隣になり、俺は思いきって、ズバリ本人に正解を聞いてみることにした。
「吹成先輩って、好きな人いるんすか?」
「―――…突然何、葉月。」
(当然の反応だよな。後輩がいきなりこんなこと聞いて…。)
だけどそう言いながらも、微笑んで俺を見返してくる辺り、さすが“吹成先輩”だ。
「だってモテますよね!俺、先輩に彼女いるとか聞いたことないし。それって、告られても断ってるってことっすよね?」
「…葉月は告白されたら、付き合うんだ?」
「そりゃ可愛い子からだったら…」
先輩に聞かれて、俺は自分だったら…と想像しながら答えかけた俺は、ハッと我に返る。
「―――って、俺の話じゃなくて今は吹成先輩の話を…ーー」
「………」
微笑んで誤魔化す気なのか、先輩が何も答えないので、
俺はあることに気付いた。
「・・・先輩、もしかして男が好…「違うよ?」」
言う前に否定されたが、それはそれでホッとした。
(良かった、そっちじゃなくて…ーー)
だけど、ホッとしたのに俺はドキドキしながら、先輩を見ていた。
先輩が俺をじっと見つめてくるから、目が離せなくて…――――。
「好きな女性はいたよ…ーーーでももう…気持ちは届かないだろうし、ね」
まるでもう諦めるしかないみたいな言い方で、先輩が俺に話す。
「…―――先輩…」
「だから君が羨ましいよ、葉月。」
「???」
(―――…えっ?俺?)
なぜ俺が羨ましいのか全くわからなかったが、配膳がおわってしまったのでそれ以上聞くこともできなかった。
―――――夏休みが終わり二学期が始まると、
吹成先輩は同じクラスの佐藤奈津美先輩と付き合い始めたという噂が、一瞬にして拡散されていた。
佐藤奈津美先輩は、バスケ部のマネージャーだったから、
俺も知っている。
誰にでも愛想が良くバスケ部内のマドンナ的な奈津美先輩。
――――意外に近いところに吹成先輩の想い人がいたんだな、と驚いた。
「先輩、好きな人って奈津美先輩だったんすね…」
「うん。“夏海先輩”…――――」
二人はお似合いだったし、奈津美先輩は東京の大学に進学するのが決まっても、吹成先輩は動じる事もなくて…。
(ああ、強い絆で二人は結ばれているんだな…)
――――…そう思った。
だから、二人が別れるなんて…思わなかった。
それどころか、俺の姉ちゃんと付き合ってるなんて…―――。
(なんで?いつどうやって出会った?――――全く意味がわからねーー?!)
彼女との初めてのお泊まりデートから帰ってきたばかりで、
昨日は緊張しっぱなしだった俺は――――混乱したまま…不思議と眠りについた。
―――謎はまだ解けそうにない。




