家族と会う
「…吹成泉さん」
自己紹介が苦手だと思っていたけれど、彼氏を紹介する方が苦手だと、私は今日身をもって知った。
突然実家に帰ってきた娘に驚いた母は、隣に男が立っていたことでさらに驚いていた。
玄関の前で、ポカーンと口を半開きにしている母に、泉が頭を下げる。
「こんにちは。初めまして。突然お邪魔して申し訳ありません」
泉には愛想よく挨拶を返しておきながら、私の腕をぐいっと引きながら母が小声で本音をこぼす。
「こんにちは。――――ちょっとゆり!なんで急に彼氏連れて帰ってくるのよ!?」
「いや、彼こっちの大学行ってるから会いに来たの。今日はついでに顔出しただけで」
決して深い意味なんてないから…――だから母よ、頼むから暴走しないでくれと私は目で訴えながらそう説明した。
「あら、遠距離ってことね」
母が私から離れて、ニヤッと笑う。
(なんだろ、めちゃめちゃ恥ずかしい…)
「じゃ、私もう行っていい?また今度ゆっくり帰ってくるから」
家に上がることもなく、私は母にそう約束して家を出ようとした。
「あらもう帰るの?――――…まぁ今日はパパも居ないしね、二人の時間お邪魔したくないし?」
そう言いながらニヤついているだろう母の顔が、後ろを振り返らなくても浮かんだ。
「―――…葉月は?」
私は話をそらそうと、弟のことを聞いてみる。
「昨日から彼女と旅行よ」
「そう」
(別に、会わなくてもいいし。)
弟と私は年も離れていて、仲が悪いというわけではなかったが、連絡をとりあうほどの仲でもなかった。
「本当に今度はゆっくりしていきなさいよね?」
「はいはい、またね」
母にそう応えて、私は玄関を出た。
「泉さん、またいらしてくださいね」
母が私の後に玄関を出ようとしていた泉にも声をかけ、
「あ、はい。ありがとうございます。お邪魔しました」
泉はまた丁寧に頭を下げて、玄関を出た。
(泉は、どこに行っても“泉”なんだな…ーーー)
丁寧な口調も、スマートな身のこなしも、やんわり癒し系な雰囲気も―――…。
私は歩きながら感心するように隣の泉をチラッと見る。
その時だった。
「あれ?姉ちゃん…と吹成、先輩…?」
目の前から弟の葉月が歩いてきた。
「あ、葉月。久しぶりね」
私は19才になった弟に、大きくなったねと声をかける。
「いやいや、そんなことよりなんで吹成先輩と姉ちゃんが家から出てきたわけ?」
(久しぶりに会った姉に“そんなこと”って?)
可愛いげのない弟に若干イラッとしながら、私は泉に弟を紹介する。
「泉これ、私の弟の葉月。」
「はい、知ってます。」
泉はにこやかにそう答えた。
(え…ーーー知ってる?)
「葉月はバスケ部の後輩ですから」
私の反応を面白がるように、泉がクスッと笑う。
「うわ…ーー」
(ここ、繋がってたんだ…ーーー知らなかった…)
「なんだよ!うわって…」
葉月が私の反応に、ケンカ口調で言う。
「泉も知ってたなら言ってよ」
紹介しなくてよかったんじゃん、と泉に文句を言うと、
泉が苦笑しながら、言う。
「すみません、葉月から聞いているかと…」
私たちがそんなやりとりをしていると、
俺を無視するなとでもいうように葉月が私と泉に話し掛けてきた。
「なぁ、それよりなんで二人が?」
「付き合ってるから、君のお姉さんと」
泉が即答した。
―――私は気恥ずかしくなって、うつ向く。
「えっ!?なんで?奈津美先輩は?」
葉月が心底驚いた声を出す。
「別れたよ」
「えー信じられねー…あの奈津美先輩と別れたなんて…」
――――私はうつ向いたまま、動けないでいた。
「葉月?」
“奈津美”という女性の名前が出てきたところから私が心を痛めていることに、泉は気づいたんだと思う。
空気読めというように、泉が葉月の名前を呼ぶ。
「あぁ、俺眠いから家帰るわ!では先輩、姉ちゃんまた!」
名前を呼ばれて空気を読んだ弟はそそくさと帰っていった。
「元カノ…“奈津美”って言うんだ?」
私は嫉妬を抑えて、泉に訊ねる。
(すでに別れたんだし…―――それに彼女と遠距離してたから私は泉と再会できたんだし…)
彼女と付き合っていたことを不快に思う資格なんて私にはない。
(なのに、どうしてこんなにモヤモヤするんだろう…ーーー)
「はい。遠距離してた佐藤奈津美さんは、高校の同級生で」
「や、別に詳細は話さなくていいよ」
話し出した泉の言葉を遮り、私はスタスタと早足で歩く。
笑ってそう言えばいいと分かっていたのに、うまく笑えなくて…ーーー自分の心の狭さに嫌になる。
(自分から聞いておきながら、みっともない…ーーーー)




