それは突然に
「ゆりさん…」
今、何時なのか分からない。
真っ暗な寝室のベッドで、泉の囁くような声が耳元で聴こえた。
「ん?」
後ろから私を抱き締めている泉の腕に触れながら、私は返事をする。
「明日…帰りますよね?」
泉が、名残惜しそうな声で私の心を揺さぶる。
「うん。月曜からまた仕事だもん…」
そう答えながら、泉のそんな淋しそうな言葉が嬉しくて…私はわざと、「寂しいの?」と聞いてみた。
「寂しいです」
私の指に、指を絡めるようにして、泉が即答した。
私は、予想通りの答えに嬉しくてふっと笑みが溢れる。
「ゆりさんは…寂しくないんですか?」
後ろから抱きつくように力を込めて、泉が私にも同じことを確認する。
(私だって寂しいよ…)
そう言いたかったのに、私を抱き締める泉の腕があまりに強くて…ーーー。
先ほど…抱きながら私を見つめる泉の目と、今もどこかいつもと違う様子が気になった。
「――――…泉、何かあった?」
「何かあったのは、ゆりさんじゃないんですか?」
「えっ?」
泉が私に怒りをぶつけるような口調になった。
私は驚いて泉の方に身体を向ける。
「―――…いえ、すみません」
泉が消え入りそうな声でそう言うと、私から目をそらす。
「…何でもないんです」
(泉…ーーーそれは、私には言いたくないってこと?)
隠し事をされたみたいに感じて、私は心がズキッと痛んだ。
泉は、目をそらしたまま私の髪をそっと撫でている。
その手はやっぱり優しくて…、私は泉が私のために“わざと言わずに”隠しているんだと…そう感じた。
「明日、どこに行きたいですか?―――あ、ご実家には顔を出さなくて平気なんですか?」
(あ、そういえば泉と過ごすことばかり考えてたから、実家に帰るって連絡もしてなかった…。それに…ーー)
「実家に泉と行ったら誤解され…―「誤解?」
私の心の声が漏れていたらしく、泉が遮るように訊ねる。
「―――…いやあの…だから…」
(泉…“誤解の意味”を誤解してる!?でもこれ説明しづらい…気まずくて…ーーー)
私がうろたえていると、泉が私の唇にそっと親指でなぞりながら言う。
「僕たち、付き合ってますよね?」
「そう、だけど…ーー」
(私が言ってる“誤解”って…そうじゃなくて…ーーー)
泉に誤解させているのがいたたまれなくて、私は思いきってその“誤解”をとく。
「だからその…け、結婚の挨拶と勘違いっ、されるかなって」
(わー、自分から何言ってるの私はーっ!)
「――――ダメですか?」
恥ずかしがっている私とは対照的に、泉は落ち着いた口調でそう聞き返してきた。
「え…?」
「僕は嬉しいです。“婚約者”と勘違いされても構いませんし」
(泉…ーーー何言ってるか…分かってる?)
私は呆然と泉を見つめていた。
「今は無理ですけど…卒業したら結婚したいです」
「…泉」
(それは…ーーープロポーズ…?)
「それぐらいゆりさんが大切で…誰にも渡したくないということです」
冗談ともとれる笑顔で、泉は最後にそう付け足した。
でも、私は…泉がそんなふうに考えていてくれたことを初めて知って涙腺が弛んだ。
(私も…泉が大切で…誰にも渡したくないと思ってるよ…)




