ごめん
私は、ホテルの手狭な部屋のシングルベッドに横になっていた。
(酔いが回りすぎて吐きそうで動けないとか…ーーー何してるんだろう私…)
自分が無意識に春田くんに合わせていて、ついお酒を飲みすぎていたことに今更後悔する。
春田くんはシャワーを浴びに行っていて、部屋にはいない。
――――ただ、シャワーの水音が部屋にまで響いている。
(あ、ケイタイ…ーーー)
泉に「同期と飲みに行ってくる」と会社帰りにメールを送ってからずっと携帯電話を見ていなかったことに気付き、
ベッドの横に置かれていた自分の鞄から携帯電話を探す。
泉からは、「行ってらっしゃい。飲みすぎないでくださいね」とメールが入っていた。
(泉の声…ーーー聞きたいな…ーーー)
ベッドに仰向けになりながら、指で携帯電話の画面を操作して電話帳を開く。
でも、―――「発信」ボタンを押すことができなかった。
(泉になんて説明するの?言えるわけ無い…ーーーー)
飲みすぎて、同期の男とホテルにいる、なんて…ーーー。
そう思っていると、シャワー音がやんで、ガチャッとシャワールームの扉が開いた。
「ゆり、大丈夫?」
春田くんは、いつもの春田くんに戻っていた。
さっきまでの怒っていた様子はなく、むしろ申し訳なさそうな表情で私に尋ねる。
「あ、うん…。ちょっとまだ気持ち悪いけど…なんとか」
タクシーを降りて、手を引いてホテルのロビーに足を踏み入れた途端私は吐きかけたのだ。
(恥ずかしすぎる…ーーー)
飲みすぎなのに気づいていない私に、春田くんは怒っていたのかな?
そう考えたら、迷惑かけてるな…と私も申し訳なくなる。
「ごめん、春田くん寝たいよね…私一人でも帰れるから…ーーー」
重いからだを起こして私は言う。
「いいよ俺は、ゆりが落ち着くまでここに座ってる」
ベッドに腰かけて、優しく私を寝かせてくれる春田くんにただただ申し訳なくなる。
「う…ごめん…」
「いや、俺こそ…ーーーごめん。」
春田くんがそう言うと、ホラッとミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくれた。
私は起き上がる気力もなく、それを寝ながら飲もうとして少し口から溢してしまった。
「あぁ…濡らしちゃった…ごめん」
私が謝ると、春田くんが苦しそうな表情をして目をそらす。
「いいよ、気にすんな」
「春田くん、私ね…ーーー泉のことずっと恋愛対象として見てなかったんだ」
なぜこんな話を始めたのか…自分でも分からなかった。
「泉って?例の彼氏?」
「そう。―――泉のこと、ただの後輩だと思ってた。あ、元彼の親友だったんだけどね」
「あぁ、ゆりのことあっさりフッたってやつ?」
「よく覚えてるね」
春田くんの記憶力に私は苦笑した。
「彼氏と一緒にいることが多かったから泉の顔を覚えたし、名前も覚えた。それに挨拶する程度の機会は何度かあった。でも…ーーー」
(そんな、最初は“ただの後輩”だった泉のことをーーーー私はいつのまにか好きになっていた…―――)
「偶然再会した後輩と付き合うことになるなんて…、なんか不思議な巡り合わせだよね…」
「………」
春田くんにこの話は届いてるのか、分からなかった。
私に、背を向けるようにベッドに腰掛けたままの春田くん。
その背中をボーッと見ながら、私は泉のことを考えていた。
「…――――明日早いんだろ?今日はもう寝たら?」
振り返った春田くんが、私の乱れた髪をそっと直しながら言う。
「…でもそしたら春田くんが…」
「俺は酔いがさめないと寝られないタチだから大丈夫」
それが本当ならまだ気が楽になる。でもきっと、春田くんは私に気を遣っているんだと、なんとなくそんな気がした。
「ごめんね…」
「謝るなよ…もう」
春田くんが苦笑しながら私のおでこをピンと指で軽く弾く。
「痛いよ、春田くん…―――」
暫くすると心地好い睡魔に襲われて、私は意識を手放した。
(ごめん…ありがとう…ーーー)




