選択肢は無い
「いいよ、じゃあ諦める」
私はため息混じりにそう言って、再び席に座った。
「え、マジで?」
春田くんが驚いたように言うと、私の腕を掴んでいた手を離した。
「うん。タクシーで帰るから」
残っていたカクテルを飲みながら、私は春田くんを見ずに言う。
「は?なんだよそれ」
「何が?春田くんが言ったんじゃん」
これじゃあまるで春田くんと喧嘩しているみたいだ…。
(なんで、こうなったんだっけ?)
酔いが回ってきたのか、思考がまとまらない。
「―――春田くん、私が彼と別れるって選択肢は無いよ」
私は静かに…春田くんを諭すように言った。
「―――どうしてそんな事…言ったのか知らないけど」
「なんでわかんねぇの?」
春田くんが低い声で呟いた。
その声は小さすぎて、私にはよく聞こえなかった。
「え?」と春田くんの方を向くと、春田くんの不機嫌そうな表情がすぐ近くにあった。
「それとも、わざと“言わせようと”してる?」
「春田く…」「言わねーよ?俺は」
よく分からない状況のまま、春田くんが席を立った。
「――――…送ってく」
そう言って、先を歩いていく春田くんに、私は大人しくついていった。
「ねぇ、私の家そっちじゃないんだけど…」
春田くんがタクシーに一緒に乗ると行き先を告げた。
私の声が届いていないのか、春田くんはこちらを見てくれない。
「春田くん!」
どんどん私の家とは反対方向に向かっているタクシーに、
焦った私は思わず春田くんの肩をつかむ。
それでも春田くんは何も言ってくれない。
(どうしてそんな怒ってるの?―――どうして?)
「降りるよ」「ちょっと春田くん、ここって…」
私が混乱していると、春田くんがタクシーを降りて私の手を引いた。
「ここ、俺が泊まってる宿」
春田くんが私の手を引きながら言う。
ビジネスホテルなのは見れば分かる。私が聞きたいのはそういうことじゃなくて…ーーー。
「ゆり、今日は帰さないから」
春田くんが私の手を握る。力強く。
「は…春田くん、何言ってるの?放して…ーーっ」
(冗談でしょ?…――――冗談だって言ってよ…)




