最後の晩餐
先輩の家に泊まり始めてから二週間が経った。
「ただいま」
家に帰ってくると、先輩はそう言ってくれるようになった。
「お帰りなさい、先輩」
朝御飯を作って、先輩を起こす。
そしてお昼に先輩が食べるためのお弁当を用意して送り出す。
夜は、先輩が仕事から帰ってきたらすぐ晩御飯が食べられるようにして、帰りを待っていた。
(なんだかまるで、新婚夫婦みたいだな…ーーー)
先輩が夫で、僕は主婦。―――うん。すごく幸せな毎日だった。
そんな夢のような大学の夏休みも今日で終わりだった。
「あ、先輩、」
二人で晩御飯を食べながら、ふと黙り込んだ先輩に、僕は平常心で話し掛ける。
「僕、明日地元に帰りますね」
「え…」
あっさり流されると思ったのに、先輩は箸を止めて僕を見た。
「なんで?」
先輩が、驚いたまま僕に尋ねた。
「夏休み、今日で終わりなんです」
残念ですが…と僕は苦笑するしかなかった。
(本当は…まだ一緒に…過ごしたかったけど…ーーー)
「…そう」
先輩は寂しそうに一言、そう言った。
「長々と滞在してしまって申し訳ありませんでした」
僕は、素敵な時間をくださった先輩に、改めて頭を下げる。
「ううん…こちらこそ。料理…ありがとね」
そう言って先輩は、ぎこちなく微笑んだ。
その夜、先輩が濡れた髪をタオルドライしながらリビングへ入って来た。
ソファーで待っていた僕は立ち上がって先輩に言う。
「明日、始発の電車で帰りますから。朝、一人でちゃんと起きてくださいね」
そう言いながらも、やっぱり名残惜しくて、僕はつい…先輩の髪に触れてしまった。
「…分かってるわよ」
先輩は…僕の手を払い除けたりしなかった。
「お弁当も作っておきますね。外食ばかりしないで、毎日野菜も採ってくださいね」
「…―――なにそれ、母親か」
僕の言葉に、先輩が悪態をつく。
「先輩…?」
(気付いていないんですか…?先輩…ーーー)
「…―――何よ…」
「泣いてくれてるんですか?」
僕がそう言うと、先輩の目から涙がポロっと溢れた。
「――――…泣いて、…うぐっ」
先輩のことだから“泣いてないわよ”って言うつもりだったのだろう。
でも…――――言葉の代わりに嗚咽が漏れた。
(あぁ…本当に貴女という人は…ーーーー)
そんな先輩がどうしようもなく愛おしくて、怒られるのを承知で僕は彼女を抱き締めた。
力強く、胸の中にすっぽり包み込むように。
「先輩…ありがとうございました…」
(僕のために…泣いてくれたんですよね…ー―?そう思っても、良いですよね…?)




