料理のコツ
家に帰る途中、先輩は会話もないまま黙って僕を家に入れた。
三日間何の意識もせず過ごしていたのが嘘のように、先輩はソワソワしていた。
「へ、変なことしようとしたら容赦なく叩き出すから」
先輩がやっと口を利いてくれたと思ったら、そんな可愛い台詞だったから、僕は笑ってしまった。
「はい」
笑って、素直にそう返事をした。
(先輩…可愛いなぁ…本当)
「では、夕御飯の支度しますね」
僕はそう言いながら、キッチンに向かう。
トントントンと野菜を刻んでいると、先輩がふらっと近付いてくる。
「私も何か…ーーー」
「先輩は座ってテレビでも見てて下さい」
今隣りに立たれるのは、色々と堪えがたいのでやんわりと拒否する。
「これは、恩返しなので」
(貴女が僕にくれた、かけがえない時間の…そのお礼にすぎないから)
「私が料理出来ないからってバカにしてるでしょ?」
僕の素直な気持ちをどうとらえたのか、リビングでテレビの電源を入れながら、先輩がなぜか卑屈になって言う。
(拗ねてる…ーーー可愛い…ーーー)
そんな先輩の背中を見ながら、僕はまた笑ってしまった。
(バカになんてするはずがないのに、僕は先輩を尊敬してるんだから…ーーーー)
「料理は、慣れだと思いますよ?先輩、自炊してなかったでしょう?」
笑いながら僕がそう言うと、先輩の背中が軽く跳ねた。
(どうしてバレたんだろう…とか思ってそう…)
黙ってテレビを見ていた先輩に、料理の手を休めず僕は一応、理由を話す。
「調味料とかも揃ってないですし、コンロも綺麗なので」
先輩は何も言わなかった。―――聞こえていないのかもしれない。それか、耳が痛いのか…ーーー。
「料理は、本を見て分量と手順さえ間違えなければ誰にでも出来ますよ?」
僕がフォローしようとそう言うと、
「それが面倒くさいのよね」
先輩の声が返ってきた。
―――あ、やっぱり聞こえていたんだと思った。
「僕も、手順さえ間違えなければ…」
ボソッと独り言を呟くと、先輩がソファーから振り返ってこちらを向いた。
「なんか言った?」
「いえ、何も…ーーー」
そう誤魔化して、無言で料理の手を動かす。
(僕も…手順さえ間違わなければ…ーーーー)
どうして太一に惹かれていく貴女を好きになったんだろう…。
僕が太一より先に好きになっていたら…、僕が彼氏だったかもしれないのに…ーーー。




