朝です
『俺、ゆりと別れた…』
太一が言った言葉に、僕は耳を疑った。
『どうしてっ!?』
思わず太一のブレザーに掴みかかってしまった。
『ゆり、東京の短大に進学するだと。あいつ美人だし、東京行ったらすぐ他に男できそうじゃん?』
『なんだよ、それ…』
(先輩がどんだけ太一のこと好きだったのか…お前はあれだけ一緒にいたくせに気付いてなかったのか?)
『てか、なんでそんなに泉が熱くなってんの?』
掴みかかった俺の手を乱暴に振り払って、太一が言う。
『もしかしてお前、ずっとゆりのこと狙ってたのかよ!?』
「んん…ーーーーっ」
無防備に寝返りを打つ、夏海先輩を見つめながら、僕はため息をついた。
もうすぐ7時になる…―――出社時間は何時なのだろう?
朝ごはんの材料を近くのコンビニで買ってきたものの、
先輩がいつまで経っても部屋から出てこないので、
僕は心配になってそっとドアを開けた。
「先輩、朝ですよーっ」
「………。」
「会社、良いんですかー?」
「………。」
何を言っても全く起きる気配がない。
「ゆりさん…朝ですよ…―――?」
起きないことを良いことに、僕は小さくそう呟いてみた。
普段名前で呼ぶことなんて…今の僕には出来るはずがない。
だから、一度そう呼んでみたかった。
「………」
スヤスヤと眠っている夏海先輩の長い睫毛に、長く肩まで伸びた絹のような髪に、触れたくても我慢しながら僕は先程より大きめの声で起こす。
「――夏海先輩…!先輩、良いんですか?」
ようやくダルそうに身体を起こした先輩が、僕のすぐ近くに顔を寄せる。
(どうやら先輩は、朝が弱いらしい…ーー)
寝惚け眼で僕を睨むようにして見る先輩が、可愛らしくて愛おしい。
(でも、今はそんなことより…ーーー)
僕は気になっていたことを先輩に尋ねる。
「先輩、今日仕事なんですよね?良いんですか?」
「え…?」
「時間。…―――もうすぐ7時ですけど?」
僕が、先輩の家にあった掛け時計をそっと指差す。
「――――っ!やば…っ」
先輩はそう言うや否や、僕の顔を見ることなく家を飛び出して行った。
(朝ごはん…ーーー折角作ったんだけどな…ーーー)
一緒に食べようと思っていた朝食も、無駄になってしまった。
ふと、食卓へ戻ると机の上に置き手紙があった。
乱雑な字だけど、先輩の字だった。
「鍵は閉めたらポストへ」
――――家の鍵を先輩は僕に託してくれた。
(僕が悪人だったら、先輩どうするんだろう…ーーー)
先輩の純粋で、底抜けに優しいところに、僕は苦笑した。
(やっぱり好きだな…ーーー夏海先輩。)




