口説かれています
「で、今日は何しに来たの?」
「リビ。酷いではないか。今度、家に来てくれると言ってから、半年が経ってしまったよ。家の近くに咲く花を肴にうまい酒を飲もうと言ったのに、もう実も落ちてしまったよ。まぁ、その実も酒につけてあるから、味わうには申し分ないはずだと思うけど」
「…………? 獣が果実酒を作った?」
「……! おや? リビに教えていなかったかな。人化できるようになったよ。これも偏に愛の為だね」
驚きである。
リビは目の前の魔獣はこの森でもボスクラスの大物である。リビがいるこの辺りは彼の支配下にある。知性ある魔獣である彼の種類の中でも彼は希少種であるのは確かだ。それゆえに彼の番となる雌の個体が居ないのだが。
彼が希少種と言えど、彼の種族は人型をとれない。
いや、とれない筈だった。
「私の努力を認めて欲しいね。リビと番になる為に町に行き、冒険者にまでなったのだから」
「はい?」
魔獣はリビを前足で抱え込む。
そして、徐々に変化し始めた。
リビを包む前足はどこかで見たことのある手甲に覆われた腕に。リビの背中に当たるのは何かの魔獣の皮をなめした胸当て。座った体勢であるためにリビの両側に投げ出された形の足の脛あてもどこかで見たことがある。ギルドのどこかで見た記憶がある。
「一緒に狩りもしたんだよ。リビ」
その声は近年何度か組んだ男の声。どこか甘ったるく、いつもリビを口説いては袖にされている男の声。
「あっ! えっ! イルギュスタス!」
「ご名答。いつになったら気がついてくれるのか待っていたら五年過ぎたから、ネタばれしてみようかと思ったんだ」
黒く艶のある髪を首筋で一括りして、常に笑みを浮かべているが肉食の猛獣の目を持つ彼は近年のギルドの新人としては別格の強さで、リビをお子様扱いしない彼と組むのはリビにとって密かな楽しみだった。
ギルドのカウンターの受付嬢や宿の女、町中の女の視線を集めていながら、本人の視線はリビに注がれていたのは気がついている。
恋愛はできないだろうと諦めていた分、ロマンスには憧れていた。
いつか自分にも王子様がなんて思っていたら、自分に集まるのは変態の視線とお子ちゃまは可愛いねと幼い子どもに対する視線だけしか集まらない。辟易していると共に自分は番を持てないと思って落胆していた。
そして、イルギュスタスもやはり幼い子どもを狙う変態かと思っていたのだが、自分への扱いは大人の女のもの。これだけコンプレックスがあるからには、こんな自分を女扱いするなんて、なんて変態だろうとしか考えていなかったが、イルギュスタスが長年口説いてきた魔獣ならば話は通じる気がした。
「ねぇ、今まで魔獣としか呼んでなかったけど、イルギュスタスはあなたの名前なの?」
「あれ? 気になったのソコ? ……まぁ、いっか。イルギュスタスは私の名前だよ。人型でリビにそう呼んでもらえるのがつい嬉しくて」
「なんで獣姿のときに名前を教えなかったの?」
自分を抱きしめる男の腕がピクリと動く。
「それはね。獣姿で名乗るとリビに真名しか教えられないからだよ。人型の時の名前は通称と言うか仮称と言うか、名前は名前なんだけど真名ではないんだ。真名は結婚してから教えようと思っていたからね。君にもあるでしょ? 真名。結婚してくれるなら教えてあげるよ」
リビはもぞもぞと腕の中で動いて、なんとかその優しく包む檻を抜けようとした。
イルギュスタスは思い切り抱きしめてから、リビを放す。リビは腕から離れると向かい合うように座りなおした。
「ねぇ、本当に私を番にしようとしているの?」
「もう百年単位で口説いているのにね。まだ本気にしてくれていなかったんだ。結構切ないんだよ?」
「う……ごめん。だって魔獣と番になるなんて」
「チっ! もっと早くに明かすべきだったか」
「うわぁ」
イルギュスタスは胡坐になるとリビを膝に乗せた。
男の本気の目を目の当たりにしたリビは顔を赤くして俯く。
イルギュスタスの頭に駆け巡るのは一言。
くそ可愛いじゃねぇか! この兎めぇ! だった。
ケダモノ、煩悩と戦う。
なお、ラスボス級の敵との戦いに苦戦している模様