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陽炎

作者: 糸川草一郎

奇妙な世界の話(でもSFではないです)

 野球を見ないかと友人に誘われて野球場に来た。表通りは桜並木がもう少しで満開を迎える頃で、陽炎が至るところに揺らめいており、今日の予報では五月上旬の暖かさと言われて汗ばむほどの陽気だったのに、球場に一歩這入ると、首筋から背筋にかけて冷たいものの走るような、気持ちの悪い寒さだった。

 内野席が空いていたので一塁側のフィールド近くの席に座ったが、陽光は燦々とスタンドに注いでいたけれど、ひどく寒気がして仕方がなかった。風邪かとも思ったが、寒気のほかに症状らしきものもなかったし、隣に座っている友人も寒そうにしているので、風邪を引いているわけではないと思われるのだが、そうするとこの寒さはどうにも合点が行かないものに思えてならなかった。

 午後一時のプレーボールなので試合開始まであと十分ほどあったから、腹も減っていたし、何か買ってこようと売店で、弁当と温かいお茶を買った。麦酒も売っていたが身体が冷えるので飲む気がしなかった。売子は地元の人間ではないような、変な訛りがあった。聞いたことのない訛りであって、お国は西か東か見当もつかなかった。何処の人だろうと思って顔を覗き込むと、目つきがあまり良いとは言えず、きっと、向きになったように睨みかえしてくるので、嫌な気分になってそこを離れた。

 席に戻ると試合が始まろうとしていた。野球のユニフォームを着たタレントらしき少年がマウンドに上がり、ぎこちないフォームで一球を投げた。始球式のセレモニーが終わると、先発投手がマウンドに立ち、おもむろに振りかぶって投げはじめた。

 野球の試合を見ることなど滅多にないことなのでよくわからないが、球場では鳴り物は禁じられているらしく、ラッパや太鼓を鳴らす人もいないので、もうすでに客席は半分ほど埋まっているのに、妙に思われるほど静かだった。

 一回の表もツーアウトになって、ファウルフライがこっちへ飛んできたから、一塁手がスタンド近くまで駆けてくるのを間近で見たが、その選手の身体の大きさに驚いた。

 どう見ても二メートルはある。最初は目の錯覚だろうと思ったが、その後もボールが飛んでくるたびに見たけれど、一塁手の身体はやはりどう見ても二メートルはあり、日本人とは言え、野球選手というのはこんなに大きいのかと感嘆した。

 一回の表が終わって、選手がダッグアウトに戻ってきたが、どの選手も異様に大きな体をしていて、中には三メートル近いと思われる巨漢もいた。日本人なのにこれほど大きい選手がいること自体信じられなかったが、友人は別に驚きもせず見ているので、そういうものなのだろうと思って、試合の続きを見ていた。

 試合は堅い守備と機動力を生かした先攻の甲チームと、打棒に優れた後攻の乙チームのがっぷり四つに組んだ、シーソーゲームが続いていて、いい試合なので、夢中になって見ていたから気がつかなかったけれど、乙チームの攻撃の時、例の上背が三メートルもある選手のバットの大きさが気になった。三メートル身長があっても、バットは規格通りのものを使わなければならないから、この選手が持つと玩具のように小さく見えるはずであるが、バッターボックスに這入ってバットを構えている様子にしても、何ら違和感がない。つまり、相当に規格外のバットを使っているのではないのか。けれど、もしそれが本当だとすると、主審がそんな規格外を認めるはずがないし、私は見ていてわけがわからなくなってきた。

 それで、自称野球通の友人に尋ねてみた。

「あの選手のバット、規格品なのだろうか。馬鹿に大きいようだけれど」

「そうか? ぼくにはそうは見えないが」

「あの選手、上背が三メートル近いだろう」

 友人は驚いた表情をして私の顔を覗き込んだ。

「何を言っているんだ君は。三メートルも身長があったら化け物じゃないか」

「それはそうだが今の選手、ダッグアウト前で素振りをしているのを見て、君は変に思わなかったか」

「何が言いたいのだ」

「あの上背を見ただろう」

「見たが、目の錯覚だよ。ほら、グラウンドに陽炎が立っているぞ」

 そう言えば、確かにグラウンドには陽炎が揺らめいていたが、それにしても、普通の体格の選手が陽炎や目の錯覚で三メートルにも見えるだろうか。

 試合後、私は退出を促すアナウンスの中、グラウンド整備の係員の姿を見て立ちつくしていたが、係員の背があまりに小さく、一メートルあるかないかぐらいにしか見えないのも奇妙であった。もうすでに五時近くになって陽は陰っており、陽炎も立っていないのに、これを目の錯覚と言うのはおかしすぎる。その根拠には係員はこの上背にしては頭が異様に大きく、三等身ほどにしか見えないのであった。

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