旗取り
航空障害灯のついたビルの上、1人の青年が立っていた。真っ白で少し伸びた髪、白いインナーを真っ黒いファー付きのモッズコートで隠すようにして着込んだ細身の体つきをした青年であった。
普通、航空障害灯は地上から60メートル以上ある建物に付けられるものであり、その屋上にいる青年はかなり高い所にいる事が窺えるが、青年がいるよりはるか上空には都市の光をはねのけるほど強い光を放っている物体が浮かんでおり、その物体からは適当な時間を開けて同じようなアナウンスが流れていた。
〚召喚された選考会通過者は競技開始の合図があるまでは召喚された場所より半径1メートル以上は動かないでください。〛
青年は前かがみになりつつ街を見回し、現在でも様々な場所で小さな光が発生していた。その光が消えるとそこには人間が現れていることがよく見てとれた。
「なるほど。これが『神候補の召喚』か。これで異世界に渡ってくるわけか」
青年はそう呟くと体制を元に戻した。
「昔聞いた通りだ。神様選手権が行われる場所は戦場となる。殺害・崩壊・消滅が当然のように行われる。だから神様選手権は現実世界での一般人の犠牲者や建物の損壊がないように・・・・」
「数ある異世界の中から手頃な場所を見つけては人間を除いた建物や自動車などをコピーし、人が全くいない状態にし、現実世界ではない競技会場を作り上げている・・・・でしたっけ?」
青年が独り言を呟いている途中で何者かが割り込んできた。
青年は用心深く慎重に気配を探り、その何者かが自分の真後ろにいる事を感じ取ると、勢いよく後ろを振り向いた。するとそこには赤みがかったストレートの長髪で、いわゆるゴシック・アンド・ロリータ。通称ゴスロリといわれる服装をした車椅子に座った少女がいた。
青年は一瞬驚いたような顔をしたが、知らない顔ではなかったようですぐに晴れたような顔をした。
「もしかして真理子さん?久しぶりだなぁ。ずいぶん成長したね。いろいろと。」
「そちらはお変わりのないようですね。まぁ、冗談が言えるようになったなら成長したと言うべきなのかもしれませんね・・・・聖人さん。」
名前と共に挨拶もそこそこ。最後に本命をぶつけた青年だがそれは軽くスル―されたようだ。少し落ち込む聖人を見つめながら微笑すると真理子は再び口を開いた。
「昔のように『真理ちゃん』と呼んでもいいんですよ?」
「あはは・・・。そうだね。どうせなら慣れた方でいこうか。よろしくね真理ちゃん。」
聖人がはにかむような笑顔でそう言うと真理子も微笑みを向けた。
「そういえば真理ちゃんはなんの神候補者なの?」
「私は『知恵の神』の神候補です。・・・・聖人さんは当然『主神』ですか?」
「もちろん。俺たちの住むウリエルで俺以外の誰が主神の神候補になると思う?真理ちゃんがウリエルで一番頭がよかったのと同じように僕はウリエルで一番人を纏める力があったからね。」
「それに人を見極める目と夢を持ってましたよね。」
褒められたことに面喰いながらも聖人は笑いながら言った。
「そうだね。確かに僕は神様選手権を夢見てたし、それを見据えたうえで仲良しメンバーを集めていたしね。僕が集めたメンバーのなかでも真理ちゃんが神候補に選ばれてるからね。」
「いいえ。あなたが集めた仲良しメンバーの中から私を除いて少なくともあと2人は神候補となりましたよ。」
「・・・なんでわかるの?神候補は各神候補になるための選考会を勝ち抜いた1人しかなれない。その上ウリエルで選考会に参加した人数は8万人越えだ。神候補は全員で7人。8万分の7に当時の仲良しメンバーの内僕と真理ちゃん含めた4人が選考会を抜けられたなんていう奇跡は起こらないよ。」
真理子を見ながら肩をすくめ自信がなさそうにする聖人を見ながら真理子はクスッと笑った。
「聖人さん。確かに確率論で言えば絶望的に低い数値が出ます。でも、これは現実ですよ。」
真理子はそういうとどこからか取り出したタブレットを聖人に見せた。
そのタブレットには赤い丸が1つと青い丸が2つ光っていた。そのうち1つの青い丸は赤い丸にかなり近い所で光っており、もう1つ青い光は随分離れていた。聖人は眉間にしわを寄せながら聞いた。
「これは?」
「赤い丸は私。青い丸のどちらかが将也くんか恵子お姉ちゃん。2人と私は同じ学校だったから発信機を渡せたんです。」
「将也と恵ちゃんも選考会を通ってきたっていうのか!?」
「そういうことになりますね。私が開発した発信機だけは青で表示されるようになっているから・・・・。」
聖人はじっくりながめながら周りを見回した。
「でも・・・・壊れてんじゃないの?この発信機によれば、真理ちゃんの近くに将也か恵ちゃんがいることになるだろ?」
「故障は見受けられないので、恐らく私たちがいるこのビルの中・・・位置から見るに向かって右側。このビルの入口付近にいるのだと思います。」
真理子の説明を聞きながら聖人は動揺しつつも興奮していた。
「そうか。あと伊颯、龍彦、大我の3人が選考会を抜けてくれば仲良しメンバー再集結か。少し楽しみになってきた。」
「私もそう信じてはいます。」
真理子はそうボソッと呟くと顔を沈ませた。聖人は心配になりつつ声をかけた。
「どうかした?」
「いえ。伊颯さんなんですけど・・・・。」
「伊颯がどうかした?」
「聖人さんは7年前にウリエルをでたので知らないと思うんですけど、5年前。伊颯さんは私たちの前から姿を消したんです。・・・・いなくなったんです。」
「いなくなった?」
「行方不明なわけではないようです。伊颯さんの両親はいる場所を知っていたようですし。」
「親からは場所を聞けなかったの?」
「本人が『言うな』と言って出ていったしまったそうです。しかし、家にもいる気配はしませんでしたし。私たちもできる限り探したのですが・・・・・見つかりませんでした。」
「そうか・・・・・。」
「あっ。それと、恵子お姉ちゃんは伊颯さんを探してる途中で両足に大けがしちゃって・・・・・」
真理子は喋っている途中であったが、途中で喋るのをやめた。理由は先ほどから同じようなアナウンスを流しているはるか上空を漂う光る物体がブザーともとれる甲高い音を出しながらさらに強い光を放ちだしたからであった。
〚召喚された選考会通過者は競技開始の合図があるまでは召喚された場所より半径1メートル以上は動かないでください。・・・・それでは神様選手権第一競技『旗取り』についての説明をさせていただきます〛
アナウンスを聞いた真理子は真剣な目をして繰り返した。
「第一競技・・・『旗取り』。」
聖人はしばらく黙ったがやがて確信を得たように口を開いた。
「なるほど旗取りね。忘れもしない。幼稚園の年長の時に来年から通う小学校に招待されてさ、ほら、なんていうか『来年からよろしく~』みたいなやつ。この選手権の主催者さんたちは今の僕たちを神様からみて幼稚園の年長さん程度ってことだよ。」
聖人がそういうと再びアナウンスが聞こえてきた。
〚競技参加者は召喚された場所より半径1メートル以上は動かず競技の説明を聞いてください。第一競技旗取りは4チーム計28名で行う競技です。また、4チーム28名は既に召喚済みです。各チームは競技開始30秒後にこの空間に出現する『旗』を奪い合います。旗を取ることのできたチームは10分間逃げ回ってください。10分間別のチームの奪取が確認されなければ逃げ切ったチームの勝利となります。また、旗に触れる事ができるのは主神の神候補のみとなっており、旗がどれかのチームの手に取られたとき、逃げ回る時間のカウントは主神が右手で旗を握っている間のみとなります。それ以外の場合はカウントされません。最後に、各チームを平等にするため、旗の出現場所は各チームの主神の神候補の召喚場所から同じ距離となっております。それでは競技を開始致します。5・4・3・2・1。競技、開始。〛
神様選手権第一競技『旗取り』が開始した。
次の話では実際に競技が開始されます。聖人率いる仲良しグループをお楽しみに。
あと、別に書いている小説と名前がかぶってる事があるけど軽く無視して下さい。世界観は全く違うので。